5b-288 名前: 名無しさん@ピンキー [sage] 投稿日: 2007/05/07(月) 20:20:50 ID:ZUV9HfgX

「……困りましたね」
 礼拝堂での説法の時間は終わり、信者はみな退席した。たったひとり
可愛らしく眠っている女の子を残して。
 エステルの前ですやすやと寝息を立てているのはリースリット・ノエ
ル。ふらっとやってきた少女、少女というより幼女というべき月人は、
はたして説教を聞く気があったのか。エステルが話をはじめる前から目
を閉じていて、きっとそのときからもう寝入っていたに違いない。
 説教に興味のある者は誰でも大歓迎とはいえ、気まぐれにやってきて
動きをとめてしまった女の子にエステルは大弱り。
「あ」
 さっさと起こして掃除をはじめるか、放っておいてできるところから
やるか、どうしましょうかと考えていたエステルの口が不意に小さく開
いた。
 司祭少女はくすっと笑い、抱えていた本を脇に置く。ティッシュを一
枚用意して、細くよじって、こよりを作った。
 尖った紙の先を、なにをしようと気づくことのないリースの鼻の穴へ。
つんつん、ちょんちょん、もぞもぞと、くすぐる。
 真面目な司祭様だって、時にはこんないたずら心を抱く。
「ふ、ふ、ふ……」
 くしゃみが出そうになったところで、こよりを引く。
「……」
 息が整うと、またこよりでいたずらする。
「ふ、ふ、ふうぅぅ――」
 すっと引く。
「――ふぅ、すぅ……」
 ピクピクと鼻の頭が震えて、元に戻る。
 エステルは含み笑いしながら、いたずらにすっかり夢中。
 なんどもくすぐり、そのたびにくすぐる時間を延ばし、どこまでいけ
るか試しているうちに限界を越えてしまった。
「ふ、ふ、ふ、ふふっ、ふう、ふうぅ……ふくちゅん!」
 ずいぶんと可愛らしいくしゃみの音が礼拝堂に響いた。
 小さなまぶたが揺れ、ぱっちりと開く。司祭少女の持っていたこより
は手のなかに握られて消えた。
「ん?」
 きょときょとするリースの顔の真ん前にエステルは顔を置き、優しく
にらんだ。
「もう、話はとっくに終わりましたが」
「……」
 リースは辺りを見回すと、悪びれる様子を一切見せず、椅子から降り
てちょこちょこすたすたと出ていってしまった。
「はあ。やれやれでした」
 呆れと安堵の混じった大きな息をついてから、エステルは礼拝堂の掃
除へ取りかかったのだった。