6-193 名前: 名無しさん@ピンキー [sage] 投稿日: 2007/01/05(金) 02:21:21 ID:+hPg171j

 「えへへ……」殆ど真上から降り注ぐ日差しの中、バツが悪そうに微笑む麻
衣「汗、いっぱいかいちゃったね?」
 「もう、だから駄目だっていったのにぃ。」
 「跡、付いちゃったかな?」
 「んーと……それは大丈夫みたいだけど……」
 海から吹く風の潮気も此処までは届かない。日向ぼっこと言うには少し暑す
ぎだが、麻衣が持参したお手製(正確にはミアとの合作らしい)のサンドイッ
チと冷やしたハーブティーで昼食を済ませた二人は、他に人気のない学院の中
庭の芝生を静かに揺らす微風に身を任せながら木陰の下でささやかな涼を味わ
っている。
 「菜月ちゃん、もしかして怒ってる?」
 「だって、恥ずかしかったし……」と頬を染める菜月は所謂『女の子座り』
でペタンと腰を下ろし、そのスカートから伸びる素足に頬摺りするように太股
に甘える麻衣の髪を優しく撫でている「……別に、なんでもかんでも駄目駄目
って言ってるわけじゃないんだから、ちょっと位は私の言うことも聞いてくれ
ないと困っちゃうよ。そういうコトしてるのを誰かに見られたりしたら、麻衣
だって困るでしょ?」
 「私は、別に困らないけどなっ。」少し頬を膨らませる麻衣「だって菜月ち
ゃんとだったら全然嫌じゃないし、私は菜月ちゃんと触れ合っていたいって心
から思ってるし……」
 「こぉら、変なところで意固地にならないの!」
 「だ、だぁって……」
 「ほんとは麻衣だってわかってる筈だよ? これは私達だけの問題じゃない
ってね?」
 「………………………」
 「正直言うとね、まだ良く分からないんだ。私の『好き』と麻衣の『好き』
の本当の意味が。」スッと目を細めて校舎を見上げる菜月「私だって、こうや
って麻衣と触れ合ってるだけで心が満たされて穏やかな気持ちになれる事は否
定しないけど、それが本当に『好き』っていう純粋な想いなのかどうかは自信
が持てないの。もちろん、それが恋でも全然構わないかなって思ったりもする
けど、もしかしたら達哉とフィーナがセッ………愛し合ってる所を見ちゃって、
そのショックから逃げ回ってるだけで、何も説明しなくても全部受け入れて甘
えさせてくれる麻衣の優しさに付け込んで、ただ寂しさを紛らわせているだけ
かも知れないなって考えたりもするんだ。」



 「達哉もフィーナも凄いよね。私みたいな中途半端じゃなくって、身分も世
界も超えた恋を正面突破で成就しようと頑張ってる。いまだってコソコソ隠れ
たりしないで堂々と自分達の気持ちを声に出して、カレンさんを説得しちゃっ
て、街で噂が流れても知らんぷりで寄り添って歩けてる。考えようによったら、
女の子同士の関係よりも遙かに難しい恋なのにね?」
 「………………うん。」
 麻衣も目を閉じ、菜月の暖かさと柔らかさと甘い香りに身を委ねる。
 「そんな達哉がさ、信じられないくらいに格好良いの。もぉ見てられない位
に凛々しくて、力強くて、大きく見えちゃうのが……眩しくて寂しい。私が知
ってた達哉は何だったんだろうって。ずっと側で見ていた私も知らなかった達
哉の本当に格好良い部分をアッと言う間に見抜いて、ほんの一夏の間に引き出
しちゃったんだよ、フィーナは。そんな様子を目の前で見せつけられちゃった
ら、もう負けを認めるしかないじゃない?」
 「………………うん。」
 「痛感されられちゃったよ。達哉に本当に必要だったのはフィーナみたいに
手を携えて、同じ目標に向かって一緒に歩ける女の子だって。私みたいに影か
ら支えるだけじゃ、駄目だったんだってね。」
 そう気づいてしまうと、自分でも驚くほどにアッサリと達哉を渡すことが出
来てしまっていた。それどころか素直に二人を祝福することすら出来てしまっ
ていた。悔しがることも忘れてしまうほどの完全敗北である。
 「麻衣も、私とおんなじだったんじゃない? 失恋したなんて気付かない位
に達哉とフィーナに憧れなかった?」
 「…………………うん………って、ちち、違うよぉ! 私とお兄ちゃんは兄
妹で、そんな、恋とか失恋とかなんて……」
 「あははっ♪」慌てて起き上がろうとする麻衣を、やんわりと制しながら心
底楽しそうに微笑む菜月「いまさら隠したって無駄なんだってば。同じ男の子
をずっと見てた者同士なんだよ? 昔っから麻衣が達哉をどんな目で見てたか
なんて、お見通しなんだから。」
 「あぅ……うぅ〜……!」
 「それにぃ、お互い女の子にファーストキスも初エッチも捧げちゃった変態
青葉マークなんだから、この上にちょっとやそっとアブノーマルな恋の経験が
上乗せさられたって、どうってことないんじゃないかな?」



 「……菜月ちゃんの言い方、なんか私が悪いコトしてるみたいに聞こえるか
らヤだなぁ……」
 「そぉ?」溜まっていた言葉を幾らかでも吐き出したことで調子を取り戻し
たらしい菜月は、麻衣のささやかな抵抗すら笑顔で受け流してしまう「……じ
ゃあねぇ………」
 「…………………………」
 「私、嘘つきな女の子は好きじゃないし、彼女にもしたくないかなぁ?」
 「うぅ……菜月ちゃん、やっぱりズルぃ……」
 「でも、ちゃんと本当の事を麻衣に教えたよね?」
 「それは、そうだけど……」
 「じゃあ、もう一度言うね?」母性を思わせる暖かな瞳で麻衣を見つめる菜
月「私は、達哉をフィーナに取られたショックから逃げるために麻衣にエッチ
な事をしただけなのかも知れない。でも今は、こうして麻衣と触れあってる時
間も大切だなって思えるようにもなった。麻衣は、どう?」
 「わ、私は……」
 「わたしは?」
 「……ほんとうはお兄ちゃんの事が好き……だったけど、兄妹だからって自
分に言い聞かせて、それならせめて菜月ちゃんがお姉ちゃんになってくれたら
良いなって思ってた。菜月ちゃんが相手だったら、お兄ちゃんは何処にも行っ
たりしないし、だったら私は家に居るだけで、ずっとお兄ちゃんの側にいる事
も許されるかなって思ったから。」
 「……うん。それで?」



 「お兄ちゃんの彼女になれないのは仕方ないなって思ってたから大丈夫だっ
たけど、フィーナさんと一緒に月に行っちゃうって聞いたときには目の前が真
っ暗になっちゃいそうだったよ。もう家族として一緒に暮らすことも出来なく
なっちゃうんだって………」目を開け、縋るような瞳で菜月の瞳の奥を見上げ
る麻衣「……それで、お兄ちゃんの部屋で泣きながらオナニーしてたら菜月ち
ゃんが来て、菜月ちゃんとキスして菜月ちゃんが私の中に入ってる間は不思議
と寂しくなくって、菜月ちゃんが困ってるのも知ってたけど、菜月ちゃんに甘
えてると胸の奥が温かくなって、それで……それで……」
 「それなら私と一緒だよ。駄目な女の子だよね、二人揃って? でもね?」
 「………?」
 「麻衣が作ってくれたサンドイッチは凄く美味しかった。あれ、兄さんに私
が何処に行ったのか聞いた後に私のために作って、一日でも一番暑い時間にわ
ざわざ学院まで持って来てくれたんだよね? 理由、聞いても良いかな? 誰
でも良いから一緒にご飯を食べてくれる人が欲しかったから? でも、それだ
ったらミアちゃんでも良かったよね? それとも私とエッチなコトして気を紛
らわせたかったから?」
 「え、えっと……」
 「あと図書館の前まで来てたのに、そこから電話をして私が嫌がらないかど
うか確認したよね? あれはどうして? 私が良いよって言わなかったら本当
に帰っちゃいそうだったけど、あれも演技だったのかな?」
 「だから、それは……」
 「それは?」
 「…………わ、わかんない……よ……」
 「うんうん、私もわからないよ。だからね?」
 「うん?」
 「改めて、キスしてみよっか?」
 「な、菜月……ちゃん?」
 「私と麻衣ってさ、前準備って言うか普通の恋の順番とか全部飛び越しちゃ
って、いきなりエッチから入っちゃったじゃない? だから最初から全部やり
直しながら本当の恋なのかどうか一つ一つ確認した方が良いと思う。でないと
本当の『好き』だったとしても途中で壊れちゃうような気がするし、何時まで
経ってもコソコソ隠れて付き合わないといけない関係のままだよ。」
 「う、うん?」



 「それと………ね?」悪戯っぽい顔でウインク「こんなに可愛い女の子を二
人も袖にした達哉に、こっちはこっちで幸せいっぱいだって見せつけてやりた
いとか思わない? その為にも、二人で色々なことして青春って奴をバッチリ
謳歌しないとね?」
 それに本当の恋じゃないと沢山の人を、自分達の周りの全ての人達の幸福す
ら奪ってしまうかも知れないから……という言葉は飲み込んだ。菜月と麻衣が
本当の答えに辿り着く頃には、もうちょっとだけ何かが変わっていそうな予感
がするから。
 「い、いろいろって?」
 「例えば………そうね、折角の夏休みなんだしオーソドックスにデートとか
どうかな? 女の子同士で恥ずかしがる必要なんて全然無いんだし、スイーツ
のバイキングのホテルがあるって翠が言ってたから、そこで盛大に好きなだけ
食べてみるとか?」
 「デート………良いの?」
 「だからぁ、私が麻衣を誘ってるんでしょ? どうする? なんて言うか、
恋人の試用期間みたいな感じで試しに付き合ってみない?」
 「う、うん………うんっ!」
 「じゃあ、改めて……」こほん、と得意げにわざとらしく咳払い「……朝霧
麻衣ちゃん。私と、付き合ってくれる?」
 「は、はいっ!」跳ね上がるように起き上がり、菜月と向かい合うように正
座する麻衣「こちらこそ、よろしくお願いしますっ!」
 「じゃあ……」
 「うん!」
 伸ばした両手で優しく頬を包むと、麻衣は夢見るような表情で目を閉じて菜
月に促されるままに体重を預けてくる。音もなく空気を揺らす真夏の微風が爽
やかに少女達の髪を撫で、蝉の大合唱すら二人に遠慮して遠ざかっていく。周
囲の蒸し暑ささえ、いまは異世界の出来事である。
 「「んん………」」
 そうして触れあった部分からは、淫靡な甘さではなくハーブティーの澄んだ
香りのみが広がり二人の体を包み込んでいった。