6-157 名前: 名無しさん@ピンキー [sage] 投稿日: 2006/12/30(土) 00:35:20 ID:huz1D1Y5

 トンネルを抜ければ……と言うほどではないが、リビングから見える世界は
降りしきる牡丹雪で白く染め上げられている。
 「雪………だね。」
 「ああ……」
 「この分じゃ、空港も閉鎖されちゃってるかも知れないねよ。」
 「ああ……」
 「直樹、さっきから『ああ』ばっかり! ちゃんと私の話聞いてる!?」
 「ああ………って冗談だ冗談! 謝るから殴るなって!」
 ストーブ一つでは暖めきれない渋垣邸の一家憩いの部屋。その中心で互いの
体温を確かめ合うように座り茉理を背中から抱きしめる直樹。一年最後の夜ら
しい賑やかなテレビの画面に見向きもせず、二人は遠くを見詰めるような眼差
しで外の雪景色を眺めていた。
 「……こういう時はさ、直樹が居てくれて良かったなって思う。一人っきり
だったら寂しくて泣いちゃいそうなんだもん。」
 「そりゃ俺の台詞だよ。家だって思える場所があるだけでも有り難いって言
うのに、こうして暖めてくれる女の子が一緒なんだからな。」
 「うぅ……良い言葉のはずなのに、直樹が言うと微妙にイヤらしく聞こえる
のがヤだな〜。」
 「そ、それはどっちかつぅと聞き手の方に問題があるんじゃないのか? も
しかして茉理さんの方が『そういうこと』したいとか?」
 ぎゅっ、と更に強く小さな体を抱き寄せる直樹。
 「うわっ! うわうわ親父臭! ムード台無しですよ、この人は!!」
 「オヤジセンス結構! さぁ愛を確かめ合って体を温めようぜぇ!」
 「って直樹ぃ!? 誰もシて良いなんて………あーもー、なんでこんな奴の
こと好きになっちゃったんだろう?」
 「細かいことは言いっこなし。ほら、力抜けって?」
 「んもぉ、しょうがないなぁ! その代わりぃ、優しく……」

 (ぴんぽぉ〜ん♪)



 「あ………お父さん! お母さん!」
 と言うが早いか直樹の腕の中からスルリと抜け出して、子犬の様に一目散に
玄関へと駈けてゆく茉理。
 「……ったく、ムードがないのはどっちだよ。」
 ぶつぶつと呟く直樹の顔も嬉しそうな形に綻んでいる。いっぺんに元気を取
り戻した従妹の姿にホッとしているのと同時に、直樹自身も一家揃っての団欒
を待ち焦がれていたに違いない。よいしょと腰を上げ、心なしか軽い足取りで
祭りの後を追うように夫妻を迎えに行く直樹。
 「あ……」だが、二人の期待は微妙に間違っていた「……あれ?」
 「こんばんわー♪」
 「あ、あのぉ……夜分遅くにすみません……」
 寒さをモノともしないハツラツとした笑顔の天ヶ崎美琴に、突然に押しかけ
たことに恐縮しているらしい橘ちひろ。更に……
 「なに湿気た顔してんのよ。ちゃんと差し入れだって、この通りっ!」
 「そ、それは一升瓶じゃないですかぁ! 恭子ったら、何時の間にそんなの
もを用意して……」
 何処から見ても酒瓶としか思えない大荷物を下げた仁科恭子と、毛糸の帽子
に大きすぎるマフラーにダッフルコートと完全装備で微笑む野乃原結。そして
最後に……
 「こんばんわ、なおくん、茉理ちゃん。ちょっとお裾分けを持ってきたんだ
けど、良いかな?」
 これまた大きな風呂敷包みを抱えた藤枝保奈美が雪が積もる玄関先にズラリ
と並んでいた。
 「な、ななな……」
 「なんで?」と先に冷静さを取り戻したのは直樹の方「なんで、こんな時間
に揃って……」
 「だぁって、寮に居てもみんな里帰りしちゃってて寂しいんだもん。だから、
久住くん達と一緒に初詣とかどうかなって♪」
 「それにしちゃ早すぎだろ! まだ八時だぞ八時!」
 「そ、そうですよね? ごめんなさい……」
 「いや、ちひろちゃんは悪くないよ。どうせ美琴に無理矢理引っ張り出され
たんだろ?」
 「って私が悪者でありますかっ!?」
 「ちひろちゃんが言い出しっぺと考えるよりは遙かに現実的だろうが? そ
れとも違うのか?」
 「あ……うぅ〜!」



 「まぁまぁ。久住くんも天ヶ崎さんも……」
 「というか、お二人は何なんですかお二人は!?」
 「相変わらず教師に対する尊敬というか接し方が成ってないわねぇ久住は。
もちろんほら、あれよ。えーっとぉ……家庭訪問?」
 「だからどうして語尾が疑問形なんですか!? だいたい恭子先生は俺の担
任でもなんでもないでしょうがっ!」
 「そ、そうですよね。やはり家庭訪問なら担任教師の私が……」
 「ゆ……野乃原先生だって同じですっ! だいたい手ぶらで来る家庭訪問な
んて聞いたことがないですよ……っていうか冬休み中の、しかも大晦日に連絡
もなしで大勢で押しかける家庭訪問なんて前代未聞ですから!」
 「あ……うぅ〜!」
 「……いや、美琴の真似して上目遣いで睨んでも無駄ですし……」
 「………なおくん?」はい先生、と言いたげに挙手する保奈美「あの、こん
なんところで大きな声を出したら、その……ご近所の迷惑じゃないかな?」
 「あ、あー………そりゃ、まぁ……」
 「ちひろっ♪」
 「きゃ!?」
 「来てくれて、すっごく嬉しいよ! さ、あがってあがって!」
 「え? あの、茉……あの、あのぉ〜ぉ!」
 ドップラー音だけを残し、茉理に手を引かれてて家の中に引きずり込まれて
しまう、ちひろ。
 「「「「……………………………………………」」」」
 そして、その後ろ姿を呆然と見送る一同。
 「……と、とりあえずさ……久住くん?」
 「た、立ち話もなんですし。」
 「……その、お邪魔しても……」
 「……良いかな、なおくん?」
 「……………………………どうぞ。」



 「…………で、やっぱりこうなるのな。」
 「なぁに一人で暗い顔してブツブツいってんのよ。お酒が足りて無いんじゃな
いの久住はぁ? はい、お代わりぃ〜♪」
 「って! うわっとっとっとっとぉ!」
 「だから、未成年にお酒を勧めちゃ駄目ですぅ〜!」
 「蟹って美味しー! ね、橘さん?」
 「はい、すごく美味しいです。」
 「お料理は沢山あるから、どんどん食べてね?」
 「保奈美さんのお節も美味しいですよ。今度、作り方教えてくださいね?」
 保奈美が持参したお節料理に、先生ズが用意した蟹鍋(と酒)がズラリと食卓
に並び一同がテーブルを囲むと渋垣邸の気温は一気に上昇し、何処か楽しい蒸し
暑さで皆が自然と笑顔になる。
 「んふふ〜っ♪ 橘も天ヶ崎も、まだまだ蟹鍋の神髄をって物を全然理解して
いないようね。この後ぉ、これだけ沢山の蟹を茹でて出た出汁で作った雑炊のそ
りゃ美味しいのなんのって、言葉に出来ない位の素晴らしさよ? そりゃもう一
生忘れられないの味と言っても良いわね。」
 「うふふ、いまから楽しみです♪」
 「ホントだよねーっ?」
 「あ……でもご飯の残りがあんまり無かったような……」
 「それなら心配は要りませんよ渋垣さん。寮で炊いて頂いた分が、まるぴんに
沢山ありますから。」
 「うわぁ、ありがとうございます! 野原先生!!」
 「車の中、ですか。じゃあ今の内に運んどくか……」
 「あ……だったら私も行くよ、なおくん。実はお蕎麦もあるんだ。」
 「じゃあ、私も………」
 「茉理は残って、みんなを見張っててくれ。家の人間が一人残ってないと、何
気に不安な面子が多すぎる。」
 「それって誰の事なのよぉ、久住ぃ!?」
 「どう考えても恭子のような……って、私はもう呑めませんよぉ!」
 「だ、大丈夫ですか? 天ヶ崎せんぱい?」
 「あははは〜!」
 「………うう、りょーかい……」



 外では相変わらずの牡丹雪が映画か何かのワンシーンのように盛大に降ってい
るが、いまは何故か柔らかく優しい光景に見え、その冷たささえも火照った肌に
に心地よい。
 「悪ぃな?」
 預かったキーで開けたトランクの中から(寮の?)炊飯器を引っ張り出しつつ
隣の保奈美に呟く直樹。
 「ん? なにが?」
 「保奈美の提案だろ? この宴会?」
 「さぁ? どうだったかな?」と優しい眼差しの保奈美「でも、私はなおくん
の所にお裾分けを持ってきただけで、謝られるような事はしてないよ?」
 直樹に続いて取り出した包みは長方形。どうやら生蕎麦の様だ。
 「んじゃ…………さんきゅ。」
 「うん。」二人の間で通じ合う、暖かい何か「ほんとうは、クリスマスパーテ
ィって言いたかったんだけど、流石に遅すぎだよね?」
 「もうちょっとで元日だからなぁ。」と空を見上げる直樹「どっちかっつーと
お年玉………は現金の方が良いし、宝船ならぬ軽四で駆けつけた七福神みたいな
もんか?」
 「でも七福神だと二人足りな…………あ。」
 「ん? どうかしたか?」
 「う……ううん。なんでもない。さ、行こ? きっと茉理ちゃんがてんてこ舞
いになっちゃってるよ?」
 「そりゃそうか。行こう。」
 「うん!」


 「あ……運転手さん、二つめの角を……」
 「ほれ、先払いだ! 釣りはいらんからな。急いでくれ!」
 「もぉ、雪なんだからスピード出したら危ないでしょ? そんなに慌てなくっ
たって家は逃げたりしないんですから、少し落ち着いてくださいな。」
 「そういうお前だって荷物を握り締めて放さないじゃないか! こんなに積も
ってる上を走ると危ないぞ?」
 「これは……その、あの子達を待たせたくないから……」
 「そりゃ俺だって同じだ! 早くしないと本当に年が明けちまうからな!」
 「だったら少し静かにしてくださいな。運転手さんに指示を出さないと……」
 「次の角ですよお客さん! どっちなんですかっ!?」
 「「右!!」」
 除夜の鐘を待つ静かな夜を、一台のタクシーが駆け抜けていった。