6-112 名前: 名無しさん@ピンキー [sage] 投稿日: 2006/12/24(日) 18:22:45 ID:AMUSOP/Z

 「よぉ彼女。隣、明いてるかい?」
 「?」
 少なくても数世紀ほどは遅れてそうな、時代錯誤のナンパ文句に釣られるよ
うに顔を上げた菜月の前には。
 「やっほ、おっひさ〜♪」
 ちょっぴり恥ずかしげな笑顔のクラスメート、遠山翠が立っていた。真夏の
日差しがそろそろ天頂に差し掛かろうとしている時間帯の学院の図書館には、
夏休み中にも関わらずそこそこの数の利用者が見受けられる。
 「おはよ、翠」私服姿で屈託のない笑顔を浮かべる友人の姿にホッと胸を撫
で下ろす菜月「もしかして、宿題しに来たの?」
 「家で一人でやってても、あんま進まないからねー。こういうのは早いトコ
終わらせた方が良いかなって思って来てみたんだ。菜月の方は………受験勉強
っぽいね。」
 「というよりは進学した後の為の予習かな。私みたいに一般学科から推薦枠
で入っちゃうと、どうしても他の人よりもスタートラインが後ろになっちゃう
から人一倍頑張らないとね。」
 「さっすが、菜月は優等生だなぁ。」と道中の暑さで少なからず消耗してし
まったっぽい緩慢な動きで菜月の向かい側に腰を下ろす翠「それにしても、何
で(学院の)制服なんか着てるの? ここって、学院の休日は市民カードだけ
で入れるから何着てきてもいいのに。」
 「き……気分の問題カナ?」何故だか頬が熱くなる菜月「ややや、やっぱり
制服着てた方が気合いも入るじゃない? せっかく学院まで来てるんだし、ど
うせやるんだったら集中してやった方が……そのぉ……」
 「ふ〜ん。」
 「あ、あはは〜…………」
 


 「ところで、さ? 菜月が思ったよりも元気そうで安心したよ。」
 「えっとぉ……なにが?」
 「朝霧くんの事。愛しの旦那様を他の女に横取りされて、背後に土砂降り背
負ってるんじゃないかなって思ってたんだけど……そんな落ち込んだ様子もな
いし、さっきから観察してた分には本当に勉強に集中できてたように見えたか
らね。」
 何処から漏れ出したのか、達哉が他の候補者達を牛蒡抜きにしてフィーナ姫
の婚約者に決まりそうだという噂は既に満弦ヶ崎中央連絡港市全体に細波のよ
うに広がりつつあった。恐らくは達哉とフィーナの仲睦まじい様子を見かけた
人々の噂話に尾鰭がついた物なのだろうが、それを否定する様な動きが何処か
らも出てこないために事実として定着しつつある限りなく真実に近い憶測だ。
 「よよ、横取りって………私と達哉はただの幼馴染みだし、別にそんな関係
じゃ………」
 「うんうん。わかってるわかってる、わかってるから皆まで言うなって」と
訳知り顔で得意げにウンウンと頷く翠「実は私も密かに狙って……ああ、もち
ろん朝霧くんの方ね……狙ってたんだけど、フィーナが相手じゃチト辛い物が
あるのは確かだよねー。」
 「え? えぇっ!?」
 「まぁ私に菜月ぐらいのムネがありゃ、も少し積極的にもなれたかもって言
う意見もなきにしもあらずだけど、そんなの今頃言い出したところで後の祭り
って言うか………」
 「………む、胸って……」
 ぼんっ、と湯気を吹き上げ瞬間沸騰する菜月の顔。
 「……こうなったら振られた者同士で傷心ヤケ食い大会とか開かない? ち
ょっと高くて遠いんだけど、最近スイーツ食べ放題のホテルが……」
 (ブルルッ!)
 「あ……!」
 (ブルルッ、ブルルルルッ!)
 「ん? どったの菜月?」
 「ごめん、ちょっと電話が……」



 着信表示の『朝霧麻衣』の文字にドギマギしながらも、菜月は素早く席を立
って足早にエントランスに向かう。
 「も、もしもし?」
 (あ、菜月ちゃん? いまどこ?)
 耳に当てた携帯電話から聞こえるのは、真夏の暑さにも負けそうにないハツ
ラツとした麻衣の声。
 「えっと、学院の図書館だけど……」
 (ほんと? 良かったぁ! いま、近くに居るんだけど……)
 「えぇっ!?」
 家にいても麻衣の事が気になって勉強に手が着かない。この炎天下の中、見
つかるのは時間の問題だとしても、ここなら追いかけては来たりはしないだろ
うと踏んで出向いた菜月だったのだが。
 (……菜月ちゃん……)電話越しの声がトーンダウンしてしまう(……もし
かして迷惑だった、かなぁ?)
 「そ、そんな事無いけど……その……受験勉強中だから……」
 (うん……)
 思わず保護欲を掻き立てられてしまう独特の甘い声。だが女の子同士で、し
かも心が付いてこないままにズルズルと傷口を舐め合うように体を重ねてばか
りしていたら、きっと二人とも駄目になってしまうばかりだと菜月は判断した
のだ。だから、これ以上麻衣を傷つけない様に少しずつ距離を離し以前と同じ
姉妹のような関係に近づこうと行動を開始した訳なのだが。
 「……だから今日はちょっと……ね?」
 (………………………………)
 「………麻衣……?」
 本音を言えば、麻衣の柔らかい肌が舌が与えてくれる甘美な快楽は自分の欠
け落ちた部分を一時的にでも補ってくれると菜月は思う。心を許しあえる相手
と素肌で触れあうことで安らぎを得ることが出来るのも確かだ。だが、だから
こそ節度を持って扱わなければ堕落してしまいそうな気がしてならない。
 (……っとだけ……め……な?)
 「え? なに?」
 (ちょっとだけでも……駄目……かな?)寂しそうに擦れた声(お昼ご飯、
一緒に食べたいなって思ったんだけど……それも駄目?)



 「あー……えっと……」
 電話機ごと声を隠すみたいに両手で口元を覆い、人目を避けるようにエント
ランスの隅へと移動する菜月。何故だか判らないが、この電話の会話すら背徳
的で倒錯的な行為の延長線上に思えてきてしまったのだ。
 (……駄目、だよね? ごめんね菜月ちゃん、我が儘言っちゃって。菜月ち
ゃんが忙しいんだったら私……)
 「あ……ま、待って!」
 しかしそれは、皮肉なことに菜月自身が麻衣との蜜月を捨てきれない未練そ
のものの裏返しでもあったの。
 (菜月、ちゃん?)
 「えっと、その……近くまで来てるんだよね?」
 (う、うんっ!)
 「ちょ、丁度私も何処かでお昼を食べようかなって思ってたし……家まで帰
るのもアレだから、ちょっとだけなら良い……かな?」
 (ほんと? ほんとに良いの?)
 「だって、その……つ、ついでだから!」そう言い訳を重ねる菜月の鼓動は
速まり、頬も熱くなってきている「えっと、いま……どこ?」
 (え……えへへ♪)と打って変わって嬉しそうな麻衣(実は……菜月ちゃん
の後ろ……)
 「えぇっ!?」
 驚いて振り返った先。熱気と冷気を隔てているガラス張りの自動ドアの直ぐ
横で少し重そうなスポーツバッグを片手に提げた麻衣が、もう片手で電話を持
ちながら恥ずかしそうに頬を染め上目遣いで菜月を見つめていた。
 「じ、仁さんに聞いたら、勉強道具を持って出かけたよって教えてくれたか
ら。ここかなって……」



 そそくさと片付けを終わらせた菜月は、今度は翠から逃げるように足早に図
書館を後にして(外で待たせておいた)麻衣の手を引いて学院の中庭の方へと
移動した。
 「もう! お弁当作って来たんなら、最初からそう言えばいいのに。」
 「う、うん……」
 繋いだ手の中が早くも汗ばんでいるが、不思議と離したいとは感じない。借
りてきた猫みたいに従順な麻衣を連れてきた場所は小さな木陰。夏休み期間中
ということも在ってか、辺りに他の人影は見あたらない。
 「こ、ここから誰も来ないと思うから。」
 「う、うん……」
 「ほら、座って?」
 こんなことだろうと……と思っていた訳など無いが、持ってきていたタオル
を芝生の上に広げて麻衣を促す菜月。その傍らに懐のハンカチを広げて自分も
腰を下ろす。これから本格的に暑くなる時間帯ながらも周囲に誰もおらず学院
の建物も静まりかえっており、また一帯に植えられた緑のお陰で二人が座る木
陰はそこそこ程よい体感気温に抑えられているように思える。
 「どうしたの? さっきから『うん』ばっかりだよ、麻衣は?」
 「う、うん……」と頬を染め地面を見つめたまま繰り返す麻衣「……あの、
あのね菜月ちゃん?」
 「うん? なぁに?」
 そんな様子に、自然と優しくなる菜月の眼差しと口調。
 「お、お弁当を食べちゃう前に……」ちらり、と潤んだ瞳が菜月の顔色を窺
う「……ちょっとだけ、菜月ちゃんのご褒美が欲しいなって……」
 「え、えっとぉ……」
 まさか真っ昼間に、しかも野外でナニを始めよう等と言いたい訳ではないだ
ろう。恐らくは食べたり飲んだりして他の味が混ざってしまう前に菜月の唇が
欲しいとのだと遠回しに強請っているのだろうが。
 「……………………………………」
 「そ、それわ……」
 化粧っ気など欠片もない薄くて淡くて小さくて、でも柔らかくて甘い年下の
少女の唇に思わず見入ってしまう菜月。
 「……………………………………」
 「……えと……ちょっとだけ……ね?」
 「うん!」



 ちゅっ、と啄み合うように一回だけ。
 「……………………」
 「……………………うぅ。」
 ちゅ、ちゅっと更に舌先が触れあうキスを二回。瞬間的に繋がった場所から
麻衣の唾液の甘い味が美酒の香りのように口の中全体に広がる。
 「……菜月ちぁゃん……」
 「こ、これで最後だからね?」
 「「ん……」」
 今一度、浅く重ねた唇の内側で小さな舌と互いを愛撫する。更に深い繋がり
を求めて侵入してくる麻衣を制しつつ、沸き上がってくる唾液を二人で混ぜ合
わせ、塗りつけ合って最後に嚥下する。少女達の混合液は熱く喉の中を濡らし
ながらゆっくりと胃袋まで流れ落ち、そこで化学反応を起こして燃え上がるよ
うな麻薬となって血流を遡り全身に染み渡った後に脳内まで達し……
 「……こ、ここまで! もう終わり、終わりっ!」
 「んあん。」
 キスで酔った麻衣の半開きの唇は妖しく濡れ光り、その中から愛をせがむ手
のように幼い舌が覗いている。頬は火照り、蕩けて焦点を失った大きな瞳の中
には麻衣と同じかそれ以上に快楽に溺れた菜月の姿が映っている。
 「……駄目……だからね。」
 そして、そんな自分の姿を目にした衝撃と恥ずかしさが菜月に冷静さを取り
戻させてくれた。ありったけの力で麻衣の華奢な肩を押し返し、少女の放つ甘
酸っぱい触手のような発情臭から抜け出す。
 「で、でもぉ!」
 「駄目な物は駄目! こんな所で………じゃなくって私は麻衣とエッチな事
がしたいだけじゃないんだからね?」
 「……菜月ちゃんのイジワル。」
 「い、いじわるって………」ウルウルとすがる視線にドキリとさせられてし
まう菜月だが、理性は急速に回復しつつある「……こういう事ばっかりするん
だったら、私は麻衣のこと嫌いになっちゃうかも知れないよ? この前の夜の
時だって、麻衣が強くするから、その……跡が残っちゃったし。」
 「あと? 跡って?」
 「それはその……む、胸に痣が……」
 ぶっちゃけ制服を着ているのは胸元のキスマークを隠す為。胸の谷間が汗で
蒸れたりしないように選んだ胸元が比較的ラフな普段着では、何かの拍子に見
えてしまわないとも限らない。



 「え? 嘘……」
 「嘘じゃないわよ! 殆どは消えてるけど、一カ所だけ残ってるの!」
 ぼん、と再び沸騰しながらも一歩も譲らない菜月。
 「ほんとに? 見せて見せて!」
 「だぁーめ! こんな所で見せられるわけ無いでしょ。」
 「見せてくれないと信じないもん。だからもっと甘えちゃうよ? 菜月ち
ゃぁ〜ん、ごろごろごろぉ〜♪」
 「ちょ、ちょっと麻衣! くすぐったいてばぁ!」
 「えへへっ、菜月ちゃんのおっぱいフカフカぁ〜♪」
 「だから駄目だって! 誰かに見られたらどうするのよっ!」
 「誰もいないから大丈夫だよ〜! そぉ〜れ、すりすりすりぃ〜♪」
 「わわ、わかった! 降参するから離れて、離れて〜っ!」
 「ほんと? じゃあ早く見せてよー!」
 「ほんのちょっと、ちょっとだけだからね? んしょ…んしょっと…ほ
ら、ね? ここが赤くなって……ひゃん!?」
 「んふふ〜っ♪ 菜月ちゃんの汗、甘くておいひぃ〜♪」
 「誰も舐めて良いなんて言ってないでしょっ! 傷じゃないんだから舐め
たって治ら……すす、吸わないでよぉ〜〜!!」
 「えへへっ♪ 優しい菜月ちゃん、だぁ〜ぃ好きっ!」
 きゃぁきゃぁと黄色い声を上げながら何処か楽しげに、二人は子犬みたい
にじゃれあいながら午後の一時を過ごした。


 「って、私は全然楽しくない〜〜〜〜ぃっ!!」