6-71 名前: 君が望むはにはに 祐介×文緒その6 [sage] 投稿日: 2006/12/20(水) 15:57:40 ID:dY4Ikiq/

 ひゅーん。ぼちゃっ。

 マンションの十階から飛び降りた保奈美は、ぐちゃっと潰れて横たわっていた。
右腕と右足が千切れ跳び、お腹からは血に染まった腸が飛び出している。ところどころ白い骨が垣間見えるがすぐに赤い血に染まっていった。
 その光景を見下ろし直樹は呆然と立ち尽くす。

「イヤアアアアアアアーっ!!!」
 空想は現実の悲鳴にかき消される。文緒の悲鳴。
 だが保奈美が飛び降りたのは現実。
「くそっ!」
 なんでこんなことに!
唇を噛み締め、直樹は駆け出した。エレベーターを待つのももどかしく、階段へと走って行く。
「待って! 行かないで!」
 その腕に文緒がしがみついてきた。
「委員長どいて!」
 彼女の腕を振り払い、直樹は階段を駆け降りていく。だから気付かなかった。
委員長と呼ばれた文緒が呆然としていたことに。

「保奈美! 保奈美!」
 階段を駆け降りながら、直樹の脳裏に今までの思い出が甦る。
 初めてキスした日、初めて結ばれた瞬間。だが笑顔は思い出せない。
 保奈美の笑った顔。その笑顔だけを求めて、直樹は駆けた。
 ようやく階段が終わり、直樹はすぐにマンションの玄関から飛び出す。
「保奈美!」
 いた! 地面の上、うつ伏せで倒れている。
 空想の中と違い五体しっかりとあった。
「しっかりしろ!」
 すぐに駆け寄り、頭を抱きかかえ必死に呼びかけた。
「保奈美! 保奈美!」
 瞳は固く閉じられ、口は閉じたまま。
 彼女の暖かい頭を胸に抱き、直樹は涙声で呼びかける。泣きながら。
「保奈美ーっ!」
 絶叫が天まで響き―

「なーにー」

 朗らかな声が聞こえる。
「え?」
 見れば胸の中の保奈美はぱちっと目を開けていた。
 そして直樹にぎゅっと抱きついてくる。腕を首に回して。
「もう。なおくんは泣き虫だよ」
 うふふっ、と笑い声。
「保奈美……? おまえ何ともないのか?」
「うん。平気だよ」
「ど、どうして」
 抱きついたまま保奈美は上を指差す。直樹も上を見ると大きな木の枝があった。大きく揺れている。
「えーと……」
 直樹はゆっくりと考えて、
「つまり、あの木の枝に掴まって、落下の衝撃を和らげたのですか?」
「うん」
 あっさりと保奈美は言ってのける。
 マンションの十階から飛び降りて、木の枝に掴まって華麗に着地。



 保奈美の懸命な努力と身体能力があってこそ出来る芸当だ。
「騙したな! 俺の気持ちを踏み躙ったな!」
「えへへ」
 涙顔で笑って怒鳴る直樹に、保奈美は悪戯が大成功した子供のような笑顔で抱きついていく。
 とりあえず保奈美が生きていた。無事で。それだけで嬉しい。
 腕の中に保奈美がいる。それがこんなに幸せなことだと初めて知らされた。
「でもよかった。やっぱりなおくんはなおくんだよ」
「え?」
「すぐに来てくれた」
「当たり前だろ……」
 腕の中の保奈美の頭を優しく撫でてやる。
と、保奈美は直樹の抱きつきながら、遠くを見る。
 そして不意に顔を寄せ、唇を合わせた。キス。
「んっ」
 保奈美の柔らかな唇の感触。久しぶりの味に直樹は胸が甘酸っぱくなった。
 だが口を重ねた保奈美の目は遠くを見ている。直樹の背中。

「イヤーッ!」

 空気を裂く様な悲鳴。はっと口を離して振り向けば、文緒がいた。眼鏡の奥の瞳を震わせ。
「あ……ああっ」
 その口がわなわなと震える。
 文緒に見せ付けるように保奈美は抱きつき、そしてニヤッと笑った。

「文緒……!」

 瞬間、祐介は保奈美を突き飛ばし、立ち上がって文緒に駆け寄る。
「文緒!」
 だが彼が寄ると、文緒は一歩後ずさった。
「違うんだ。これは……」
「何が…違うのよ」
 一筋の涙が頬を流れる。
「行かないでって言ったのに……私よりあの女を……」
 背を向けだっと走って行く。マンションの中に。
「待って!」
 追いかけようとした腕を背後から止められる。
「あんな女、放っておきましょうよ」
 保奈美だ。
 祐介はギッと睨み、
「俺を……騙したな!」
「なおくんは優しいから」
「俺は祐介だ!」
「でも、さっきはなおくんだったでしょ」
「!」
 愕然となった。頭にガーンと衝撃が走る。
 そう。保奈美が飛び降りるのを見た瞬間から、彼は『直樹』になっていた。祐介ではなく。
その証拠に地文も直樹となっていた。
「あ、ああ……」
 ぺたっと座り込む祐介を、保奈美はにこやかに見下ろす。
「あなたは……やっぱりなおくんなのよ」
 違う、と言えなかった。
 保奈美が危なくなると直樹になってしまう。
 それを今さっき体験したばかりだから。



「俺は…俺は……」
 もう自分でも分からなくなっていた。直樹なのか祐介なのか。
「わたしと一緒に来て。そうすれば何も心配いらないわ」
 そうだ。今まではずっと保奈美に甘えてきた。
 何をするにも完璧な保奈美。彼女がいれば不安も恐れるものもない。
「ほら。わたしの胸……大きいでしょ?」
 腕を取り、自分の胸に押し付ける。手に触れた感触は確かに文緒よりも大きかった。
 だが―
「残念だな。俺はもう少し小さいほうが好みなんだ」
 腕を離し、立ち上がった祐介は目を見据えしっかりと言い放った。
「俺は祐介だ。あんたの彼氏じゃない」
 そうだ。俺が愛するのは文緒だ。
「でも……彼女に子供がいるから選んだんでしょ?」
「ああ……」
 もし文緒が妊娠していなければ。そのまま直樹として保奈美の側にいたはずだ。
「もし……もしよ」
 保奈美は自分のお腹をさすり、
「わたしにも……子供が出来たら?」

「!」

 再び祐介に衝撃が走る。そしてむくむくと頭をもたげる直樹の意識。
「嘘だ!」
 直樹の意識を懸命に抑え、祐介は否定する。
「今はまだ子供はいないわ……。でも、そのうち産むつもりよ。なおくんのお嫁さんになるんだから」
 保奈美の視線が彼の股間に注がれる。そしてゴクッと喉が鳴った。
 そうだ。子供が出来れば彼も振り向いてくれる。
 保奈美に視姦されてるような気分になって、祐介は股間を手で隠す。
「お、俺の息子は、渡さないからな!」
 今にも襲い掛かりそうな保奈美に、祐介はツーと冷や汗をかく。
「俺は祐介だからな!」
 それだけ言い残し、マンションへと駆け込んだ。文緒が心配だから。
「なおくーん。体には気を付けてね」
 保奈美は笑顔で彼の背中を見送った。

 マンションの自室は固く閉じられ。祐介は外から呼びかけた。
「文緒……いるんだろ。開けてくれないか」
 ……
 返事は無い。
「文緒。ごめん。俺が悪かった」
 ドアが少しだけ開く。
「本当?」
「ほんとほんと。もう何でもしちゃうぜ」
「それじゃあ……」
「うん」
「今度デートして」
「ああ、もちろん。海外でもどこだって連れて行っちゃう」
 玄関がぱっと開いて、文緒が飛び出してくる。
 胸で彼女を受け止め、祐介は優しく抱きしめた。
「ごめんな……」
「遠くじゃなくてもいいから……思い出を作りたいの」
「ああ。作ろう」
 そして二人はしっかりと抱き合い―



「あーつーいー」
 能天気な声に二人はさっと身を離す。
「朝から、あーつーいー」
 美琴だ。むぎゅーと抱きしめる仕草をしている。
「姉貴! いいとこだったのに」
「いいから、いいから。続けて続けて」
「出来るかっ!」
「あ、あの……そろそろお仕事行かないと」
「お、おお」
 すっかり忘れていたことを文緒に言われ、祐介は彼女の手を握った。こんな時でも仕事のことを言い出すのは彼女らしい。
「それじゃあ。行ってくるからな」
「うん。行ってらっしゃい」
 ちゅっと軽く唇を合わせ、祐介は仕事場の温室に向かった。
「祐介ー。わたしにはー?」
「姉貴は留守番!」
「はーい」
 にこやかな姉弟の会話にも、何故か文緒はドキドキと不安に胸を高鳴らせていた。
「駄目だな私。すぐに嫉妬しちゃって」
 保奈美に美琴。彼の周囲の女性はみんな魅力的で。つい文緒はコンプレッスを感じてしまう。
 もっとも文緒は自身の魅力には気付いていない。

 フォステリアナ栽培所となっている温室に来てみたが、やはり誰もいなかった。
その前にある大きな穴が不安を増長させる。
 仕方無しに病院にに入院している恭子先生の所に行くと、ちひろも入院したことを知らされた。
「ちひろちゃんが!?」
 そして昨日、仕事場に残した保奈美とちひろを思い出す。
「やっぱり……保奈美が!」
 ぎゅっと拳を握ると、ベッドに座った恭子先生が右手を肩に置いた。左手は骨折している。
「あなたのせいじゃないわ。気にしないで」
「でも……俺がちひろちゃんに任せたばっかりに……」
「橘が言ってたわ。藤枝は……ずっと泣いてるようだったって」
「え?」
「彼女も……辛いのよ」
 ふーと恭子先生は溜息を吐く。苦悩の色がありありと浮かんでいた。
「とりあえず。橘が退院するまでフォステリアナ栽培はお預けね」
「いえ、俺一人でもやります。やり方はちひろちゃんから教えてもらいましたし、フォステリアナを待ってる人が大勢いるんでしょ」
「ええ……そうだけど」
「大丈夫。任せてください」
「そうね。それじゃあ任せたわ」
「はい」
 せめてもの罪滅ぼしに皆の役に立ちたい。祐介の意を汲み取って恭子は任せることにした。
「それで先生。俺、やっぱり渋垣の家にもちゃんと挨拶しとこうと思うんです」
「久住がお世話になってた家よね」
「はい。みんな心配してると思って」
「そうね。私も一緒に行くわ。こんな体だけど」
「俺だけで十分ですよ」
「なに言ってるの」
 恭子は右手の人差し指を祐介の鼻に突き付け、



「私は祐介君の保護者なのよ」
 祐介をこの時代に連れて来たのは私。だから最後まで面倒見る。恭子先生は今や祐介の母親代わりだった。
「は、はぁ」
 とりあえず会いに行く段取りを決めて、祐介はちひろちゃんの病室に向かった。といってもすぐ隣。
「あ、祐介君」
「久住先輩……あ、ごめんなさい。祐介さん」
 病室のベッドで寝ているちひろは頭にも体にもぐるぐる包帯が巻かれていた。その隣にはガンタンク結がいる。
全身包帯少女になったちひろを見て、祐介はじわっと目頭が熱くなる。
「ごめん……俺のせいで」
「いいんですよ」
 相変わらず優しい声。
「あ、あの……それでお花はどうなりました」
「ああ、大丈夫。無事だよ。俺がきちんと世話するから」
「よかった……」
 自分よりも花を心配するちひろに、祐介は頭が下がる想いだった。
 フォステリアナはきちんと咲かせよう。この少女の為にも。
「昨日はずっと茉理がお見舞いに来てくれたんですよ」
「茉理が……そうか」
 うんうんと祐介は頷き、
「今度向こうの家にも顔を出す事にしたよ」
「よかった……。茉理きっと喜びますよ」
「怒ってからね」
 口元だけで薄く笑うちひろに、祐介もホッと胸を撫で下ろす。
(茉理、か……)
 渋垣家の親戚の年下の少女。一緒に住むようになってからは妹のような存在。
祐介にとって美琴が姉のように。
 直樹の記憶でしか知らないが、茉理が元気になるなら、祐介にとっても嬉しい。

 それから数日後の休日。
 祐介と文緒、それに包帯巻いた恭子先生は渋垣家に挨拶に出向いた。
 直樹の保護者だった渋垣夫妻に事情を説明し、安心してもらう為である。もちろん茉理も。
 まず恭子先生が全て説明する。未来のことも直樹と祐介のことも。信じる信じないではなく、真実を知ってほしかったから。
 源三も英理も驚いたが、特に何も言わなかった。嘘をついてる風には見えなかった。
 そして祐介と文緒が結婚の報告をする。許しを得るのではなく、ただ「結婚します」と。
誰に反対されようと結婚するのは決めていたから。
「そうか」
 話を聞き終え、源三はうんうんと頷き、英理もにこにこと微笑んだ。ただ茉理だけがムスッとしている。

「良い人ね」
「だろう」
 あっさりと結婚を許してもらい、祐介も文緒も拍子抜けして、互いに笑いあう。
「なんだか懐かしいな」
 祐介は目を細めて部屋を見る。かつての直樹の部屋を。今もそのままになっていた。
「へー。こうなってんだ」
 男の子の部屋が珍しいのか、文緒はあちこち物色している。



「このベッドも久しぶりだな」
と祐介が腰掛けると、文緒も腰掛けた。
「こういうのって。ベッドの下にエッチな本を隠してるんだよね」
「……ないない」
「本当?」
「あ、ああ……」
 ガクガクと祐介は頷く。
 祐介は窓を眺め、
「ここで寝てるとさ。いつも保奈美が起こしに来てくれて……あ、ごめん」
「いいよ」
 きゅっ、と祐介の腕に文緒は抱きつき―
「あっ」と手を離した。
「いいからいいから。続けてください」
 部屋の入り口に茉理が立っていたから。
 源三さんと英理さんと恭子先生はずっと談笑している。
「急に家を出てったと思ったら……お嫁さん連れてくるんだから」
 呆れてものも言えない。そんな顔だ。
「いいだろう」
 肩を抱いて祐介は見せ付けてやる。自慢の嫁を。
 茉理はそんな二人をジーと目を細めて見つめ、
「本当に……結婚するの?」
「ああ。結婚式はちゃんと来いよ」
 そして祐介は文緒のお腹に手をやり、
「子供も出来るからな。おばさんと呼ばせてやる」
「……出来ちゃった婚?」
「「う」」
 何気ない一言に二人とも渋い顔をした。その通りだから。
「でも意外だなぁ。てっきり保奈美さんと……」
「茉理!」
 急な大声に横にいる文緒がビクッと震えてしまう。
「あ……ごめん」
「う、ううん。いいの」
 手を取り合う二人に茉理はハァと溜息をついて出て行った。付き合ってらんない。

 それからまた来ると約束して、祐介と文緒、恭子先生は渋垣家をあとにする。
 その前に―
「おおっ!」
 庭に置いたままの自転車に、祐介はぱっと飛びついた。
「生きていたのか! 世界タービン号!」
 愛車との感動の再会に祐介はすりすりと頬を寄せる。
「それじゃ祐介君。私は病院に戻ってるから」
「はい! ありがとうございます」
 恭子先生は入院中の身を押して来てくれたのだ。頭を下げて見送り、ぱっと自転車に飛び乗った。
「うん。うん」
 久しぶりの愛車の感覚に何やら頷いて感激している。そして後ろをぱんぱんと叩いて、
「文緒。乗れよ」
「え?」
 いつも自転車の後ろに乗っていた保奈美が思い出される。そう。そこはいつも保奈美の特等席だった。
「いいの?」
「もちろん」
 力強く頷く祐介。文緒はちょっと躊躇ったが、ちゅこんと腰を横にして後ろに座り祐介の腰にしっかりと手を回す。



「しっかり掴まってろよ」
「う、うん」
「ういーん。ういーん。世界タービン号、GO!」
「きゃっ」
 勢いよく走り出す自転車の後ろで、文緒はきゅっとしがみつく。背中に文緒の柔らかい膨らみを感じながら、祐介はペダルを漕いでいった。
 こうしていると、自然に保奈美のことを思い出す。

 ―何年後ろに乗ってると思ってるの?

 そう。何年も後ろに乗ってきたのは保奈美だ、でも今からは違う。
「文緒。このままドライブに行くぞ」
「……さ、サイクリングでしょう」
「ああ」
 ぶーんと走って行く世界タービン号。それを強烈な視線で睨み付ける影が一つ。
 保奈美だ。彼女は藤枝家の庭先から憎憎しげに見ていた。世界タービン号の後ろに座る文緒を。
「わたしの……場所なのに」
 そこはいつも保奈美が座っていた席。それを取られた。彼と一緒に。
「どうして……どうして、あの女はわたしの居場所を奪うの?」
 彼も、幸せも、居場所も。全て奪われた。
 いや、まだだ。奪われたなら取り戻せばいい。
 でも今は動けない。自分に向けて、闘気を発している人物が背後にいたから。
「何か用。茉理ちゃん」
 振り向くと茉理がいた。ツインテールに結わえた髪がゆらゆらと揺れていた。
「どうしてですか……どうしてちひろをあんな目に」
「ああ、そのこと」
 保奈美はにっこりと上品に微笑み、
「わたしの邪魔をするからよ」
「それだけで……」
 地面に下半身が埋もれた血まみれのちひろ、そして病院での包帯まみれのちひろが脳裏をよぎる。
「直樹のことは……別に止める気はありません。でも……ちひろのことは許せません」
 大事な親友をあんな目に遭わせて黙っていられる茉理ではない。
「許せなかったら……どうするの?」
「あたしと……勝負してください」
「いいわ」
 保奈美の髪もゆらっと揺れる。
「丁度相手がほしかったの」
 八つ当たりの相手を。彼の後ろで幸せそうな顔の文緒。彼女を思い出すたびに胸が張り裂けそうで。

 それから二人は並んで歩いていく。さすがに家の近くでは出来ない。
「保奈美さん。あたし、保奈美さんにずっと憧れていたんですよ」
 美人で優しくて成績優秀でスポーツ万能。そして頑張りや。茉理にとってまさに保奈美は理想だった。
「だから……保奈美さんがお姉さんになってくれたらって、ずっと思ってたんです」
「そうね……わたしも、茉理ちゃんみたいな妹がほしかったわ」
 直樹と保奈美が結ばれたらそうなっていたはずだ。きっと仲の良い姉妹になれただろう。今までよりも。
 他愛無い会話の間に公園に着いた。休日にも関わらず今は誰もいない。
「さ。始めましょう」
「……お願いします」



「ぜーぜー」
「ほら。頑張って」
 蓮美坂をせっせと漕いで登る祐介に、後ろの文緒が激を飛ばす。
「ふんぬー」
 その激が効いたか、速度がわずかに上がり、坂を上がっていった。
「あっ」
 蓮美台学園が見え、文緒は思わず声を出した。
「はぁはぁ」
 自転車を止め、祐介も学園を見上げる。懐かしそうに。
「行ってみるか」
「ええっ?」
「大丈夫。誰もいないよ」
 今日は休日。人の姿は見えない。
「で、でも……」
 文緒は自分の姿を見下ろす。今は私服で眼鏡着用。
「気にすんなよ。もう生徒じゃないんだし」
「もう。だからよ」
「ははっ。委員長は真面目だなぁ」
 祐介は世界タービン号を漕いで前に進んでいった。
「俺も一緒だから」
「もう」
 背中にしがみつき、文緒は薄く笑っていた。満更でもなさそうに。

「誰もいない教室……か。なんだか寂しい」
「でもドキドキするだろ・
 無人の教室に入った文緒はまっすぐに自分の席へと向かう。いや自分の席だった。
 椅子を引いて席に着くと、教室をぐるっと見渡した。胸がジンとくる。
「なんだか……懐かしいな。あっという間だったけど……」
「そうだな……」
と祐介も横に立って目を細める。直樹の記憶でしか知らないがそれは確かに大事な思い出。
「委員長」
「はい」
 呼ばれてはにかんだ笑顔で文緒は顔を上げる。目の端にちらっと光るものが浮かんでいた。
 徐々に顔を近づけ、優しく唇が重なった。眼鏡に当たらないようにキスするのはもう慣れた。
「教室で……いいのかな」
「知らない」
 言って再び祐介はキスする。舌を絡めて激しく彼女を求めた。文緒も首に手を回して彼を受け入れる。
 ちゅ……ちゅぱ……教室に粘着な音が響く。教室はシンと静まり返り、より一層音が大きく聞こえた。
「はぁ……」
 顔を離すと、文緒はもう真っ赤になって眼鏡の奥の目を潤ませていた。
「立って」
 言われるまま椅子から立って、文緒は机の上に腰掛ける。早速腰に手を回して、祐介はキスしていった。
「外から……見えちゃうよ」
「大丈夫。誰も見てないよ」
 根拠無く言う。
「見てる奴がいれば……見せつけてやればいい」
「もう」と言った文緒を机の上に優しく押し倒し、上から覆い被さるようにキスしていく。
 唇が触れる度、文緒はビクッと震え、体の芯が熱く疼いた。



「ね、ねえ。私……もっと頑張るよ」
「え?」
「料理もう上手くなるし……胸だって大きくなる」
 彼の手を取り、自分の胸へと誘う。彼女の胸は確かに柔らかく、祐介の手に温もりを伝えていった。
「そんなに気にするなよ。俺は文緒が文緒だから好きなんだ」
 誰かと比べる必要なんかないさ、と耳に優しくキス。
「でも……」
 何か言おうとした口もまたキスで塞ぐ。
 文緒の不安はよく分かる。自分を取られないかと心配なのだ。保奈美に。
 そして祐介もまた不安だった。自分が直樹に戻ってしまわないか。文緒を捨ててしまわないか。
「あっ……」
 顔を離し、祐介はスカートをたくし上げた。その中はもうしっとりと濡れている。
「ゆ、祐介君……机でなんて、そんな……」
「ずっと勉強してた机だろ?」
「意地悪……言わないでぇ……」
 クスッと笑った祐介は机の上の彼女を両手で抱きかかえた。
「きゃっ」
「重いな」
「馬鹿ぁ」
 そして窓のすぐ側で降ろして、背中から抱きしめる。自然、文緒は窓ガラスに体を押し付けた。
「や、やだ……」
 外がはっきり見える。つまり外からも見えるということだ。
「濡れてるよ」
 再び後ろからスカートをたくし上げると、やはり中は濡れていた。白いパンツの中心が染みになっている。
「だめ……こんな所で…」
「だめじゃない」
 そして祐介もチャックを開くと、勃起したイチモツを取り出す。
「俺もう……我慢できない」
「……うん」
 恥ずかしさで真っ赤になりながら、文緒はガラスに上半身を押し付けたまま下半身を上げた。彼が入りやすいように。
 パンツをずらし、スカートの中へと腰を進める。
 先端が肉壷に触れ、その熱さに蕩けてしましそうだった。
「ひゃうっ」
 震える文緒の腰を背後からしっかりと掴み、祐介は腰をさらに進めていった。
「あ……ア……」
 肉棒が埋まっていく度に、文緒の腰が振動し、彼に熱い刺激を与えていく。
 気持ちよさに祐介はすぐ射精してしまいそうだった。それをグッと歯を噛んで抑える。
「はぁ。はぁ」
 背後から聞こえる彼の熱い吐息に、文緒は胸がカッと熱くなり、そして嬉しかった。
大好きな彼が自分で興奮している。それがとても嬉しくて、文緒もまた興奮していく。
「ああっ……あ……ウ……」
 小刻みに震える腰に徐々に肉棒が埋没し、奥まで埋まっていった。
「はぁ……」
 体の奥に彼を感じ、文緒は恍惚とした表情でガラスに息を吐く。外には見慣れたグランドが広がり、誰か見ていないか無意識に探してしまう。
「ああっ!」
 だがすぐにそんな思考も吹き飛んだ。急に膣内のイチモツが暴れだしたのだ。



「あっ……ハアアッ! はう! イヤァ!」
 ガラスに上半身を預けながら、文緒はガクガクとお尻を揺らした。
 腰を引き、あるいは突き、左右に振り回し、肉棒が熱い膣内を縦横無尽に蹂躙し、肉ヒダを捲れ上げる。
 じゅっじゅっと結合部からいやらしい音が教室に響く。
「はぁっ! はぁああ……だめ、ダメーッ!」
 ガラスに顔を押し付け、文緒はただ快楽の波に翻弄されていた。ピンと足が爪先立ちになる。
「……うあ……うあう……うぅ…やめて、もうやめて……」
「やめないよ」
 ズン! と激しく突き、祐介は我慢していた射精感を解き放った。
「イヤー!」
 同時、文緒の膣もきゅっと締まり、絶頂に達する。
「アアアぁぁぁぁーっ!」

 地面に倒れ、上を見ながら茉理は呆然と呟く
「やっぱり……保奈美さんだ……」
 そう言った口からは血が流れ、可愛い顔は無惨に腫れ上がっていた。
「へへ……」
 そしてゆっくりと立ち上がる。血反吐を吐きながら。
 保奈美は目を見張って立ち上がる彼女を見ていた。
 もう何度目だろう。倒しても倒しても茉理は立ち上がる。立ち上がって挑んでくる。
「くっ」
 ぎりっと歯を食い縛る。保奈美は全くの無傷だ。
 その手が真っ赤に燃え上がる!
「ほなみん……フィンガー!」
 真っ赤に燃え上がる手が茉理の顔を掴み、ガッと地面に押し付け、そして地面に埋もれさせた!
「が、はっ……」
 さらに地面に埋もれた顔を、ガッと踏み付ける。
「はぁはぁ」
 足を上げると、もう茉理は起き上がってこなかった。目を閉じてがっくりと気絶している。

 パチパチ

と背後から拍手。振り向けば英理さんがいた。茉理の母親。
「素晴らしいファイトだったわ」
 健闘を湛え、呆然とする保奈美の横をすり抜け、倒れた娘へと寄る。
 傷付いた娘の頭を抱え、よしよしと頭を撫でてやった。
「よくやったわ茉理。立派でしたよ」
 そして保奈美にも、
「ありがとう保奈美ちゃん。これでこの子はもっと強くなれる」
 強くなってどうするんだろう。
「失礼します」
 背を向けたまま保奈美は歩き出す。ぐっと拳を握って。血に濡れた拳を。
 何だろう。この胸のイライラは。
「なおくん……」
 ただ大好きな彼と一緒にいたいだけなのに。切なく瞳が揺れた。

「ここにまた来れるかな」
「来れるさ」
 世界タービン号に乗り、祐介と文緒はしっかりと校舎を見つめる。思い出に刻み込むように。
「あの教室だよな」



 さっきまでいた教室を見て祐介が呟く。
「……そうね」
「よく見えるな」
「……!」
 カーと背後の文緒が赤くなるのが見てなくても分かった。
「行こう」
 背中から文緒が腕を腰に回す。
「ああ」
 文緒を後ろに乗せて祐介は世界タービン号のペダルを漕ぐ。
「なあ」
「うん?」
「今度……デートどこに行こうか」
「任せたわ。素敵な場所にしてね」
「へーい」
 世界タービン号は進む。笑い合う恋人を乗せて。

 次の日。祐介はフォステリアナ栽培場の温室に居た。世界タービン号のおかげでげ通勤も楽になった。
ちひろが入院していない今こそ、自分がしっかりと面倒を見なくてはならない。
この花は未来の人たちを救う花なのだから。
 ザッ、とそこに近寄る足音。
「保奈美か」
 振り向くとやはり保奈美がいた・
「今日は弁当は間に合ってるぞ。文緒が作ってくれた愛妻弁当があるからな」
「そうなんだ」
 保奈美はしゅんとうな垂れていて。祐介は「おや?」と思った。
「ね、ねえ……」
「なんだよ……」
 何故かドギマギしながら祐介が尋ねる。
「もうね。わたしもこんなこと終わりにしたいの」
「お、おう」
「だから……最後にお願いがあるの。聞いてくれたら、もうなおくんのことは諦めるから……」
「え?」
 意外な言葉に祐介は耳を疑う。だが現実。
「あのね……。最後に…デートしてほしいの」
「でいと!?」
 脳裏に文緒とのデートの約束が思い浮かぶ。
「駄目、かな?」
 保奈美の瞳がうるうると潤んで揺れている。
 祐介は何となく思った。
 この決断で自分の運命が決まるだろうと。