5-775 名前: 名無しさん@ピンキー [sage] 投稿日: 2006/12/18(月) 00:59:36 ID:dSon25sp

 (フィーーーーーン……)
 探知源となり易い発熱を抑えるため必要最低限の電力しか送られてこない
薄暗いCICの内部は、多数の人々が作業に従事しているにも関わらず各種
電子機器の微かな作動音以外は何も聞こえない。
 『……一番から八番まで充電完了。第一次投射準備宜し。』
 『最終軌道計算も問題なしです。現時点での命中確率は九九.八七パーセ
ントから九九.九二パーセント。』
 『各目標の熱量に変動無し。攻撃の予兆は見られません。』
 『各光学砲座の照準割りも完了しました。一一分以内に戦闘を開始すれば
敵のミサイルによる反撃は全て無力化出来ます。』
 もちろん、これらの会話も当人達以外には聞こえない。空調による熱誘導
が出来るギリギリのレベルにまで減圧された室内の人間は全員が俗に言う「
宇宙服」を着用し、会話は全て直接有線回線のみで行われているからだ。
 『………準備は、間違いなく万端なのだな?』
 『御意。地球側にはこちらを直接攻撃可能な軌道砲塔は計九基御座います
が、作戦通りに先制攻撃を行えばその中の五基を破壊できますし、残り四基
は衛星軌道の反対側なので二次投射で迎撃可能です。また地表のトランスポ
ーターについても先制攻撃で周囲の施設ごとクレーターに変えてご覧に入れ
ます。』
 『つまり……軌道ステーション五つもを粉砕し、その上で地球上の都市を
三カ所も同時に地図から消してしまうわけか……』
 『御意。さすれば奴らを重力の井戸の底に閉じこめてしまうことが出来ま
しょうぞ。敵の最大の弱点は「大気」と「重力」で御座います故。』
 『………………………………』
 『何度も申し上げた通り、我らが勝ち残るためには先制攻撃以外の選択肢
は御座いません。物量と生存環境で劣っている以上、これ以上交渉を続けて
も一方的に妥協に継ぐ妥協を強いられるだけかと……』
 『………………………………』
 『陛下!』
それに続くように「陛下!」「陛下!」「ご決断を!」と戦いを賛同する声
が次々とあがってゆく。
 
 
 

 『作戦予定時間までまであと十五秒! 作戦遂行可能時間は、それより二
二〇秒以内です!』
 それ以上の遅延が生じてしまうと軌道計算の補正だけでは目標を追い切れ
なくなってしまうのだ。チカチカとモニターの点滅だけが周囲を照らす鉱山
跡の地下機密施設。天を仰ぐように見上げた所で、その先には剥き出しの岩
肌しかない。
 『………かつて、人類は天国を信じておった。雲の上には神の楽園が存在
するのだとな。だが……』だが、そこに在ったのは……『……こうして空を
越え星の海にまで辿り着いてしまった我々は、果たして何に祈れば良いのか
まるで判らぬまま、また愚行を繰り返そうとしておる。地球という、重力の
檻から抜け出し、より広い世界を手にしても尚、な。』
 『作戦予定時間まであと五……四……三……二…………時間!』
 新造した地球攻撃用のマスドライバー。八基の巨大なリニアキャノンは二
メートル近い土砂と耐熱、対電磁シールドで完璧に隠匿されているが、ひと
たび発砲してしまえば間違いなく露出することとなる。文字通り、チャンス
は一度きりなのだ。
 『ゼロアワーより五秒経過………十秒過……』
 『陛下!!』
 『………ならば……この宇(そら)宙に許しを請う御姿を探すことすら叶
わぬのなら……全ての罪は我が身で負うしか無かろうな……』
 『……三十秒経過、軌道計算をBに変更……三十五秒……』
 『陛下っ!!』
 『……聖断は、後の世に任せようぞ。我が罪に於いて、放て!!』
 『御意! 攻撃開始、攻撃開始っ!!』
 『全砲門、てェーーーッ!!』



 「……で、どうなったんだ?」
 「月の先制攻撃は、地球側が密かに開発していた超振動兵器の迎撃で当初
の計算の四割程度の成果しか出せなかった。それからは双方の最新戦略兵器
の展覧会みたいな飽和攻撃合戦が続いて……最後は二人が知ってる通り。」
 そう語り終えたリースの表情は、恐ろしいほどに平常だった。
 「どちらも壊滅的な被害を受け、戦争は自然消滅……ということね?」
 「ん。」
 「それがあの……トランスポーターなのか……」
 「ん。だから、破壊した方が良いと思ってた。」
 「でも今は……違うのでしょう?」
 「んーー………」
 「大丈夫、心配は要らないわ。」ふわり、とフィーナが温かく少女の体を
包み込み言葉を遮る「今度こそ、道を誤ったりはしないから。」
 「………………ん。」
 見上げた先では、地球が穏やかに輝いていた。