6-33 名前: 君が望むはにはに 祐介×文緒その5 [sage] 投稿日: 2006/12/17(日) 18:02:27 ID:b0vyEw/c

「もう少し待っててね。シチューができるから」
 エプロンを付けた保奈美がにこやかに言う。
 直樹はすたすたとその背後に寄り、背中から抱きしめた。
「も、もう。危ないよぉ」
 火は点けたまま、保奈美は彼の腕に身を預け、首だけを振り向いて目を閉じた。
ちゅっ、とキスした保奈美の唇はとても柔らかくて……手に触れる胸はとても大きくて柔らかかった。

「藤枝さん!」
 はっと白昼夢から冷めると、文緒の金切り声が響く。
 そうだ。今の俺は直樹じゃなくて祐介だ。
「何って……シチューを作ってるのよ。見れば分かるでしょ?」
 背中を向けたまま至って平静な口調の保奈美。シチューを入れた鍋がぐつぐつと煮込んでいる。
「秋山さんは座ってて。大事な体なんだから」
 そこで初めて保奈美は振り返る。そして一瞬だけ目を細め、
「あらあら。二人ともひどい格好」
 文緒は制服の胸元が破け内股から精液を垂れ流し、祐介は開いたままのチャックからちんこがぶらぶらと揺れている。
慌ててちんこをしまう祐介に対し、文緒は胸を出したままだった。保奈美よりも小さな胸を。
「ええ。そうよ。彼にいっぱい愛してもらったから」
「そうね……。ここまで聞こえたわよ。二人とも気持ち良さそうな声で」
 愕然と祐介は蒼ざめた。
 さっきまでソファで二人は愛し合っていた。その声を保奈美はずっと聞いていたのか!?
聞きながら料理していたのか!?

 ガクガク、と胸の震えが大きくなる。すぐに飛び掛かってくるよりもその冷静さが怖かった。
だが文緒は腕を祐介に絡め、見せ付けるように出したままの胸を押し付け、
「もう分かったでしょ。私と祐介君は愛し合ってるの。彼ね、結婚しようと言ってくれたの。
式には招待するわ」
「結婚……」
 ピク、と眉が動くがすぐに笑顔になって、
「そう……。おめでとう」
「ありがとう」
 笑顔の保奈美に対し、文緒の表情は固いまま。
「でも、なおくん……。渋垣のおじさまとおばさまはどうするの? それに茉理ちゃんも。
とっても心配してたわよ」
 絡めた祐介の腕がピクッと動く。動揺が肌越しにはっきりと伝わった。
「……久住君がお世話になってたお家よね……。祐介君に何か関係あるの?」
 保奈美に対して向けられた疑問だが、祐介にも聞いている。
 彼女も薄々気付いていた。直樹と祐介に何か関係あるのではと。
 クスクス、と保奈美の笑い声が大きくなる。
「あら? そんなことも知らないの?」
「知らないって……何を」
「ごめん、文緒。いつか話す気ではいたんだ」」
 それまで黙っていた祐介がかくかくしかじかと説明する」
「かくかくしかじか」
「ええっ!? 祐介君が百年後の未来から来た人間で……事故で久住君と分離した人間?
それで今は一つになったってどういうこと!?」



 かくかくしかじかと説明を受け、文緒はさすがに驚く。
 やっぱり驚くよなー、と祐介は思いながら、
「隠してた事は謝るよ。でもこれだけは信じてほしい。俺は文緒が好きだ……」
「う、うん……」
 呆然と文緒は頷き、
「じゃ、じゃあ……初めて私を抱いた時は……」
「ああ。直樹と一つになって……体からウィルスが消えたんだ。多分あいつの体に一つになったんだと思う」
「そうよ。分かったでしょ。今のその人はなおくんの体なの。そして最初はなおくんだった」
「ああ。そうだ」
 文緒の肩を抱き、祐介が言う。保奈美を見据えて。
「確かに直樹はあんたのことが好きだった……いや今でも。でも今の俺は祐介だ。
戻れない」
「そうかしら?」
 首を傾げ、唇に指を当て、保奈美が彼に言う。
「戻してみせるわ。わたしが」
「イヤーッ!」
 不意に金切り声が響く。文緒の声。
「私……私……」
 そして座り込んでうずくまり、お腹を押さえた。顔に汗がビッシリと浮かんでいた。真っ青で。
「文緒!?」
 祐介もその場に座って文緒を包むように抱く。
「大丈夫……。大丈夫だ。俺がずっと側にいる。ずっと」
「痛い……」
 眉をぎゅっと曲げ、文緒はただお腹を押さえた。
 痛い。お腹の奥が焼けるように痛い。そしてその中には赤ちゃんが。
「文緒!」
 どうしていいか分からず、ただ祐介は側にいて抱きしめた。
 そして保奈美はシチューを煮込んでいた火を止め、引いたばかりの電話で救急車を呼んでいた。
今日二度目。
「痛い……痛……。赤ちゃんが……」
 お腹の赤ちゃんを想い、文緒は泣きそうな顔でただうずくまる。
 何も出来ない自分の無力さが祐介には悔しかった。

 それからすぐに救急車が駆け付け、文緒は病院に運ばれる。もちろん祐介も一緒。

「急性のストレス性腹痛だそうよ。お腹の赤ちゃんには影響ないわ」
 恭子先生の説明に祐介も、ベッドに寝た文緒もとりあえず一安心する。
 まだ頭に包帯を巻き、左腕にギプスを付けた恭子。文緒が病院に運ばれたと聞いて駆けつけてくれたのだ。
「よかった……」
 病院のベッドで横になり、文緒は安心しきった表情でお腹をさする。
「どうしようかと思った……」
 お腹の子にもしものことがあれば。文緒はふるふると首を振ってその考えを打ち消す。
「急な話で驚いたのね」
 恭子先生は文緒を優しく見下ろし、
「いつか説明しようとは思ってたの。未来の事とか」
「はい……」
 こくんと頷いた文緒はまだ信じられないでいた。
 でも信じようとは思う。



「でも……救急車を呼んだのは藤枝なんでしょう?」
「はい」と祐介。
 原因を作ったのも彼女だが、てきぱきと救急車を呼んだのもまた彼女だ。
感謝していいのか責めていいのか。
 その保奈美はここにはいない。救急車が来ると姿を消したから自宅に帰ったのだろう。

「藤枝さんは……優しい人ですから」
 外で聞いていたのだろう。部屋に入ってきながら結先生が言う。キャタピラの下半身で。
「野乃原先生!?」「どうしたんですか!?」
 結先生の姿を見て文緒も祐介も驚き、そして口をぽかんと開いた。
 結先生は頭に包帯を巻き、下半身をキャタピラに乗せていた。肩からは大砲が伸び、両腕は四連ミサイルポッドを装備。
「ガンタンク……」
 真っ先に頭に浮かんだ言葉を祐介は口に出す。

 ガンタンク結! まさにガンタンク結先生!

 そのガンタンク結先生ははにかんだ笑顔を見せ、
「ちょっと転んで怪我してしまって。私もこの病院に運ばれたんです」
「ちょっとって……どうしたんですかそれ!?」
「はい。ちょっと両脚を骨折しまして。その、車椅子代わりに」
 折れた両脚の代わりに無限軌道で移動しているというわけだ。
「転んだぐらいでそんなになるんですか!? 保奈美でしょ! 保奈美にやられたんですよね!」
「い、いえ……そんなことは……」
「そんなにされて庇わなくていいですよ! だから保奈美やりすぎだって!」
 半ばやけになって突っ込むような口調の祐介の横で、文緒はガタガタと震えていた。そして自分のお腹を大事に抱える。
「もしかしたら……この子も」
「その時は……俺が守る!」
 ぐっと拳を握り、祐介が励ますように誓う。

 もっとも彼自身、保奈美に勝てる気はさっぱりしなかったが。
 それでもやらねばならない。愛する文緒と我が子を守る為に。

「で、でもですね。救急車を呼んでくれたのも藤枝さんだと思うんです」
 ガンタンク結先生の言葉にシーンと静まり返る一同。
 自分で怪我させて自分で救急車を呼ぶ。最後まで自分でこなす保奈美の行動に誰もが蒼ざめた。
「ま、まあ。藤枝のことは置いといて」
 自身も保奈美に重症を負わされた恭子先生が、話題を変えるように文緒に言う。
「丁度いい機会だ。秋山にも事情を全て説明しておこう。秋山も聞きたいだろう?」
「はい」
 すぐに文緒は頷く。彼の事なら全て知りたい。
「祐介君もそれでいいな」
「はい」
 祐介も頷く。こうなったら全てを知ってもらいた。
「よし」
 そして恭子先生と結先生は全て話す。
 マルバスというウィルスが蔓延した未来の事。
 時空転移装置の事故が原因で分離した直樹と祐介の事。
 そして再び一つになった直樹と祐介。



「そんな……事があったんですね」
 事情を聞き終えた文緒は、お腹をさすりながら、何度も何度も頷く。
「黙っててごめん」
「いいよ。話せない事情も分かるし」
 謝る祐介に文緒は笑って見せた。
 この病院に運ばれて初めての笑顔に、二人の先生もホッとする。
「それでも……産んでくれるか。俺の子供」
「当たり前じゃない」
 まだ平坦なお腹を見下ろし、笑ったまま文緒は言う。お腹の子に語りかけるように。
「私と、祐介君の子供なんだから」
「そうか……」
 その手に重ね、祐介もお腹の子に呼びかけた。
「よろしくな。赤ちゃん」
「赤ちゃん……よろしくね、ですって」
 言って、クスクスと二人は笑いあった。まだ若い父と母が。
 暖かく見守っていた恭子先生と結先生もつい目頭が熱くなる。
 百年後の未来では命はとても貴重だ。

「あ、そうそう」
 黙ってみていた恭子先生が不意に口を開いた。
「祐介君。あなたの働き場所決めておいたわ。いいでしょ?」
「すみません。何から何まで」
 住む場所から就職まで。恭子先生に全て世話してもらって祐介はいくら感謝しても足りない思いだ。
「いいのよ。その代わり、ちゃんと幸せになりなさい。秋山と、子供と一緒に」
「はい」
 手を繋ぎ、祐介と文緒は静かに笑いあう。
 自分がこの時代に連れて来た祐介の幸せそうな様子に、恭子はうんうんと頷き、
「それで、仕事っていうのはね」
「はい。俺、何でもしますよ。モンスター退治からダンジョン探検まで」
「いや。ただお花を育てる仕事だから。そろそろ来る頃ね」
 恭子先生の言葉が合図だっかのように、コンコンとドアがノックされる。かなり控え目な調子で。
「はい。入っていいわよ」
「し、失礼します」
 おどおどと一人の少女が入ってきた。祐介は直樹の記憶として少女を知っていた。橘ちひろ。
「知ってるわよね。今は私の元でフォステリアナの栽培をしてもらってるわ」
「ど、どうも」
 ぺこりとちひろが頭を下げる。以前よりも少しだけ髪が伸びていた。
「じゃあ仕事というのは?」
「ええ。この時代でもフォステリアナを育ててほしいの。知っての通りマルバスに対して効果があるけど、まだまだ数が足りないのよ。
だから祐介君にも栽培を手伝ってほしいの。橘と一緒に」
「はい」
 祐介に断る理由など無い。

 とりあえず明日の段取りを決め、早々に文緒は病院から退院となった。恭子先生と結先生は入院したままだが。
ちひろは入院した二人の代役でもあるらしい。かなり大変だろうが。
 マンションに戻るとやはり保奈美の姿はなかった。
 ただシチューと「温めて食べてください」という書き置き。
 恐る恐る食べてみるとやはり美味しい。
 それが文緒には悔しかった。少しではなく。



 次の日から祐介のフォステリアナ―青いチューリップ―栽培の仕事が始まった。
 マルバスウィルスに対して効果があるフォステリアナ。それがあればウィルスに感染した多くの人を救える。
その育成は未来でも開始されているが、やはりまだまだ足りない。そこでこの時代でも栽培し未来に送る事になった。数が
 未来の惨状を知り、自身も同じウィルスに感染して苦しんだ祐介にとって、これほどやりがいのある仕事はない。
 場所は蓮美台学園の近くに作られた温室。蓮美台学園にある園芸部の温室よりも何十倍も大きい。
 祐介が仕事に出ている間は、姉の美琴が文緒に付いててやる事になった。一人にするとやはり不安だからだ。祐介も。
その点、美琴がいれば安心だ。不安になる暇も無いだろう。

 指定された時間よりも早く行ってみるとすでにちひろは待っていた。いやすでに作業に取り掛かっていた。
祐介もすぐに加わる。
「そ、それじゃよろしくお願いします」
「いや、こちらこそ」
 ぺこりと頭を下げるちひろに祐介も頭を下げる。彼女は何故か蓮美台学園の体操着を着ていた。
それがとてもよく似合っているのだが。
「そうしてると……本当にちひろちゃんだなって気がする」
「え?」
「ああ、ごめん」
 ちひろちゃんを知っているのは直樹だ。祐介の記憶ではない。
 そして今日の仕事が始まる。
 花を育成するのに必要なのは日々の手入れと面倒見の良さ。
 フォステリアナの苗を大事に大事に植木鉢に植え、等間隔に並べていく。
 最初はいいが同じ作業を延々と続けていくのは根気がある。祐介は汗を浮かべながら、黙々と同じ作業を続けていく。
ずっと同じ病室で臨床実験を受けていたのに比べれば、こうして体を動かせる方がずっと楽だ。
 それに自分が育てるフォステリアナが多くの人の命を救うのだ。文句など言っていられない。
「久住先輩……あ、いえ、祐介先輩」
 あっという間に時間がすぎ、ふとちひろが呼びかけてくる。
 事情は聞いたが、やはり久住先輩と思えてしまった。
「あ、あの……休憩にしませんか」
「ああ」
 もうそんな時間か、と祐介も腰を上げる。結構痛くなってきた。
「それと、その先輩というのはいいよ。俺は君の先輩だったことは無いんだから」
 ちひろの先輩だったのは直樹だ。祐介ではない。
「でも……」
「それに。俺の上司なんだからさ」
「い、いえ……そんな…」
 もじもじと赤い顔で身をよじるちひろはやっぱりちひろだった。
 恭子先生が淹れてくれたというコーヒーを二人で飲み、祐介はふーと息をつく。
左腕が折られ、片手でもやっぱり恭子先生のコーヒーは美味しかった。病室にいた頃は毎日飲まされていたが、今でも飽きることはない。
「あ、あの……」とちひろがおずおずと話しかけてくる。
「遠慮しなくていいよ。何でも言って。おっと、恋の相談だけはごめん。
俺、こう見えても妻帯者だから」



「はあ……。あ、あの。茉理のことなんですけど」
 その名前を聞いてズキッと胸が痛む。ちひろの親友の茉理は直樹の従兄弟。
親が死んで渋垣家に引き取られてからは実の妹のような存在だ。祐介にとって美琴が姉のように。
「この前会ったんですけど……元気が無かったんです」
「そうか」
 ちひろが何を言いたいかすぐに分かる。

 五年もお世話になった渋垣家からは、ただ一言「お世話になりました」と言い、
「旅に出ます。探さないで下さい」という書き置きだけを残して、飛び出して来た。
家出も同然だ。
 茉理だけではない。父のような源三さん、母のような英理さんもとても心配しているだろう。
 あの人たちのことを思うと今でも申し訳ないと思う。祐介にとっては赤の他人だがそう簡単に割り切れるものではない。
保奈美についても同じだが。

「分かったよ」
「え?」
「今度さ……。挨拶に行くよ。嫁付きで」
「それじゃあ……」
「ああ。茉理にもきちんと会いに行く。怒られにさ」
 あの茉理のことだ。きっと怒鳴り散らしてくれるだろう。
「あ、ありがとうございます」
 目に涙を浮かべ頭を下げるちひろに、逆に祐介が恐縮してしまう。
「いや……これは俺の問題だからさ」
 そう。保奈美のことも俺自身の問題だ。

 それからしばらく作業を続けてると、やがて昼になった。
「ふー」
 熱い温室で作業をしていると汗も段違いだ。
「久住先輩……祐介さん、お昼にしましょう」
「おお」
 二人で温室を出て、その前に用意したシーツに腰を降ろす。今日は晴天。まるでピクニックだ。
「はい、なおくん。タオル」
「お、サンキュ」
 受け取ったタオルで汗を拭き、祐介は目の前に並べられた重箱の数々に目を見張る。
「これは?」
「ふふ。わたしの特性弁当よ。二人ともしっかり食べてね」
「おお。豪華豪華。遠足でもこんなにないぞ」
「それじゃ毎日頑張っちゃおうかしら」
「毎日はちょっと。さすがに胃が持たないよ」
「もう。なおくんたら」
 にこやかに会話しながら祐介は箸に手を付け―
「なんでここに!」
 固まった。
「はい。あんして」と玉子焼きを差し出すのは保奈美。
「あーんじゃねえ! 何でここにいる!」
 怒鳴る祐介の横ではちひろが身を縮めている。二人のやりとりを呆れながら聞いていたのだが。
「もう。急に怒鳴らないでよ。橘さんが驚いてるでしょ」
 メッ、と叱りつけるような調子で保奈美。



「……なんでここにいると聞いているんだが」
 幾分調子を落として聞いてみると、
「なおくんに愛妻弁当を届けに。昨日のシチュー美味しかった」
「まあな。いやそうじゃなくて」
 右から左にものを置く仕草をして、
「大体なんで俺の居る場所がすぐ分かる!」
「分かるよ。わたしは高性能のなおくんレーダー搭載だから」
 保奈美の長い髪が一本だけピンと逆立っている。それがなおくんレーダーらしい。
「ゲゲゲの保奈美かーっ!」
「あ、ノリいいなぁ。夫婦漫才でもいける?」
「いけるかーっ!」
 また怒鳴る祐介にビクビクとちひろが首をすくめる。
「もう。怒りっぽくなった? ほらタンパク質摂らないと」
「うがーっ!」
 手近にあった園芸用の剪定鋏を取り、祐介は保奈美に向けた。
「だめっ!」
 その腕をちひろが握って止める。
「離せちひろちゃん! こいつは恭子先生と結先生の仇だっ! 死んだ先生の仇ーっ!」
 死んでないし。
「だからって剪定鋏はやめて! 死んだ先生だってそんなこと望んでません!」
 だから死んでない。
「そ、それにっ! 剪定鋏で切られるとすっごく痛いんですよっ!」
「ああ、そうだ! この剪定鋏でちょっきんちょっきん切ってやるわーっ!」
 すごく大変だと思います。
「クスクス」と保奈美は声を大きくして笑っている。
「いいのよ橘さん。なおくんがおいたしたらおしおきするから」
 瞳までにこやかに笑っている。
 その笑顔に……祐介もちひろもぞくりと背筋が凍えた。
 そして悪さを叱る母親の前に立ったような気分になる。もちろん悪さした子供の心境。

「か……勝てる気がしねぇ……!」

 剪定鋏をゆっくり降ろし、祐介がツーと冷や汗を流す。さっき汗は拭いたばかりなのに。
「久住……いえ、祐介さん」
 そっと耳元でちひろが囁いた。
「事情は聞いています。ここは私に任せて一端帰ってください」
「なっ!?」
 唖然と祐介はちひろを見る。控え目で謙虚な直樹の後輩を。
「死ぬ気か!? 恭子先生と結先生だって……」
「あら。ちゃんと手加減したわよ」と保奈美。本気だったら包丁で刺身だろう。
「大丈夫です。私だってあの未来を生き抜いたんですよ」
 マルバスという死が蔓延した未来。そこはまさに地獄だった。
 今こうして生きているのも幸運としか言い様がない。そして本人の生きるという強い意志。
「しかし……」
「行ってください。……大事な人が待っているんでしょう」
 いつになくちひろは目が本気。そらさずしっかりと見つめる。
「分かった……」
 遂に祐介も折れた。
 ここで保奈美に精を搾り取られるわけにはいかない。
「死ぬなよ。ちひろちゃん」
「はい。私にはまだやることがありますから」



 遠ざかっている祐介の背中を、保奈美はただ黙って見ていた。いや見ているしか出来なかった。
目の前にちひろが立ちはだかっているから。
「藤枝先輩。私には妹がいました」
 唐突にちひろが身の上話を始める。いつになくしっかりした口調で。震えそうになる体を必死に抑えながら。
「ちさとっていうんですけど……伝染病で死にました」
「そう……」
 保奈美の目がわずかに細る。
「今ここで作っているのはその伝染病の治療に使われる植物です」
「そうなの。頑張ってね」
「はい」
 こくんと頷くちひろ。そして、
「あの……あの人のこと、まだ怒ってますか?」
 久住先輩と祐介。どっちで呼ぶか悩んで「あの人」と言った。
「怒る? どうして?」
 保奈美は平然と言った。平坦な表情で。
「なおくんはわたしの恋人よ。怒るわけないわ」
「そう……ですか」
「だから取り戻すの。わたしの本来の日常」
「そうですよね……」
 祐介がいなければ、いや文緒が妊娠しなければ、そのまま二人は結ばれていたはずだ。
そして結婚して平和で幸せな家庭を築いていただろう。
「気持ちは分かります……」
「分かる?」
 クスクスと保奈美は笑う。目も。
「先生たちも同じ事を言ってたわ……。本当に何も分かって無いくせに」
 ギラ、と保奈美の目に光が灯る。その光に見据えられ、ちひろはガクガクと背筋から震えた。
 だが引く訳にはいかない。
「藤枝先輩……」
 お願い。守って。お花たち。
「ここは行かせません……」
「いい度胸ね。好きよ。そういう子」
 そして……保奈美が一歩踏み出す。

 ハァハァ。
 自宅であるマンションまで全速力で駆け抜け、祐介は初めて後ろを振り返る。
そこに保奈美の姿が無いと知ってホッと安堵した。
「ちひろちゃん……」
 彼女の事は心配だが今はどうしようもない。保奈美も命までは取らないだろう。
せいぜい全身の骨を折って病院送りだろうか。
 血にまみれたちひろの姿が脳裏をよぎり、祐介はぶんぶんと頭を振る。
 にしても、走ってここまで来るのは疲れた。
 世界タービン号があれば、と直樹の記憶を思い出す。渋垣家にそのままあるはずだ。
 10階にある自分たちの部屋まで行き、チャイムを鳴らす。
「俺だよ」
 安心するように中に呼びかける。だが返事は無い。
 どこかに出掛けたかな? と思って鍵を開けて中に入るとやはり誰もいなかった。
 ふと不安が脳裏をよぎる。
 部屋を歩きながら次々と呼びかけていった。
「文緒! 姉貴!」



「なーにー?」
 呑気な声。玄関からだ。この声は、
「姉貴!」
 玄関まで戻ると姉の美琴と文緒がいた。両手に買い物袋を下げて。
「あれ? 祐介君、もう戻ってきたの?」
 驚く文緒に祐介はぎゅっと抱きつく。
「も、もう」
 買い物袋を落として、文緒は紅くなりながらも祐介に身を任せた。
「きゃ〜」
 美琴も赤い顔で目を×にして弟と恋人の抱擁を見守る。
 いつまでそうしていただろうか。
 文緒の温もりにようやく安堵した祐介が身を離すと、彼女はハァと熱い息を吐いた。目がうっとりと潤んでいる。
彼の温もりと匂いだけで感じたのだ。
「ほらほら。ラブラブはまたあとで〜」
 買い物袋を振り回して美琴が促がした。
「う、うん。そうだね」
 ハァと息を吐いて火照った体を鎮め、文緒が玄関から上がる。祐介と固く手を繋いで。

「でも、どうしたの。お仕事は?」
「あ、ああ。今日は早目に終わってな」
 テーブルに着き、祐介はそう説明した。保奈美のことはやはり黙っていよう。
「ふ〜ん」と美琴。目で疑っている。
「いやー、俺もちひろちゃんも張り切っちゃってさ。もうすることがなくなっちゃったんだよ。
おっと、さぼりじゃないぜ」
「……掃除当番はよくさぼってたわね」
 文緒が委員長口調で言うと、
「んー、知らないなぁ。俺は祐介だし」
「ご、ごめんなさい!」
 慌てて文緒が謝る。そうだ。同級生だったのは直樹であって祐介ではない。
「い、いいよほら。俺ん中に直樹の記憶があるのは説明したろ」
「……それってさ。委員長だった私も知ってるってこと?」
「ああ。文緒は立派な委員長だったぜ」
「う〜」
 何故か恥ずかしそうな赤い顔で文緒は下を見る。
「祐介、祐介」
と美琴が買ってきたばかりのおやつを差し出してきた。
「杏仁豆腐〜」
「ん。食べろ」
「杏仁豆腐ー!」
「いや、だから。食べていいって」
「や〜。食べさせて〜」
 ぐるぐる〜、とその場で杏仁豆腐を持って回転し、ポニーテールも揺れる。
「姉貴……俺はもう嫁付きなんだから。ていうか嫁の前で恥ずかしい事すんな」
「お嫁さん♪ お嫁さんっ♪」
 突如リズミカルに歌い出し、今度は文緒に杏仁豆腐を差し出し、
「そっか。秋山さんもわたしの妹になるんだね」
「はぁ?」と祐介。顎がかっくん。
「だって。祐介のお嫁さんだからわたしが義姉さんでしょ?」
 義姉さんと書いて姉さんと読む。
「は、はい……。よろしくお願いします。お義姉さん」
「うん。よろしくね。秋山さん」
「私も文緒で結構ですので」
「うん。文緒!」



 それから同級生だった二人の少女は顔を見合わせて笑った。祐介もつい苦笑してしまう。
「でも、どうして祐介君が弟なの?」
 唐突な文緒の質問に、姉弟は顔を見合わせる。
 祐介は天ヶ崎家に拾われた養子。美琴とは義理の姉弟ということになる。
「そりゃー、わたしがお姉さんだからだよ!」
と美琴が胸を張った。
「そうかー?」
 祐介は腕を組んで、
「でも、拾われたときの俺は記憶喪失で何も分からなかったからな。姉貴にいろいろ教わったし」
「えへへ〜」
「そうなんだ……」
「まあ、今は記憶喪失前の記憶もあるんだけど」
 あの直樹と祐介に分離する事故の前の記憶も、今はちゃんとある。もっともそれはこの時代で生きてきた直樹の記憶だが。
幼い頃の保奈美との思い出もしっかりと思い出していた。祐介個人としての幼少の頃の記憶は無いのだ。
「ほーら。杏仁豆腐だよー」
 難しい顔をする祐介の口に、美琴がスプーンで杏仁豆腐を入れてきた。
「んぐっ。ほら姉貴も」
 祐介も自分のスプーンで杏仁豆腐をすくって姉の口に入れてやる。
「えへへ。もぐもぐ〜♪」
「うふふ」
 仲の良さそうな姉弟の光景に、つお文緒も頬が緩む。それからハッとなって、
スプーンと杏仁豆腐を持って二人の間に割って入った。
「はい。祐介君あーんして」
「あーん」
 杏仁豆腐を食べる祐介にふんふんと満足して頷く。つい美琴に嫉妬してしまった。
「あっ。こっちもあーん」
「はいはい」
 そして口を開ける美琴にも杏仁豆腐を入れてやる。祐介の口に入れたスプーンで。
 それからは三人で杏仁豆腐のあーん合戦になった。

 一方その頃。温室の前では。
 ちひろの頭が左右に揺れる。下半身は地面にすっぽりと埋まっていた。
「うう……」
 両目は腫れ上がり、もう前は見えていないだろう。口からごぼっと血が溢れている。
「どう? 大好きな植物と一緒になった気分は」
 地面に突き刺したちひろに、保奈美はスカートをたくし上げてハイキック。もう何発目だろう。
「ぐ……」
 即頭部にまともに蹴りを受け、ちひろの頭がまた揺れる。だが倒れない。下半身は地面に埋まっているから。
まさにサンドバッグ状態でちひろは殴る蹴るどつくされていた。
「許して……ください…」
 朦朧とする意識でちひろは嘆願する。自分を許してと言っているのではない。
祐介と文緒を許してと言っているのだ。
「ふん」
 大きく踵を上げ、保奈美は頭頂部に叩き降ろした。踵落とし!
 ちひろの体がさらに一段地面にのめり込み、ガクッと額から血を流してうな垂れた。
「きゃあああああああーっ!!!」



 そこに鳴り響く悲鳴。
 振り返れば茉理がいた。蓮美台学園の制服を着ている。学校帰りに会いに来たのだろう。
ちなみに保奈美はさぼり。
「ちひろ! ちひろーっ!」
 泣きながら駆け寄る茉理に後を任せ、保奈美はその場を後にする。
「いやーっ! ちひろ! しっかりして! しっかりしてよー……目を開けてーっ!
死んじゃイヤーっ! ちひろーっ!!!」
 立ち去る保奈美に構わず、茉理は血を流しながら地面に突き刺さったちひろに抱きつき、必死になって呼びかけた。
「……」
 茉理の悲痛な叫びを聞きながら、保奈美は血に染まった拳を見下ろし、歩きながらじっと考え込む。
 何だろう。この胸のイライラは。
「ちひろーっ!! イヤーッ!!!」
 それからすぐに救急車が来て、重傷のちひろを搬送していった。その救急車も保奈美が呼んだものだ。

 夕食が済むと美琴はさっさと帰ろうとする。
「それじゃあ。わたしはこれで」
「泊まってけばいいのに」
「だーめ。新婚さんのおジャマしちゃ悪いし」
 それに、と美琴は祐介に顔を寄せ、
「花嫁さんを安心させるのは新郎の役目だよ」
「むっ」と唸る祐介。
「それじゃあ〜ね〜」といつもの明るさを嵐のように振り撒いて美琴は帰って行った。
「……」
「……」
 二人きりになると、祐介と文緒は横目でお互いを見て、
「あ、あのね。お風呂入れたから入って」
「一緒に?」
「もう」
 頬を膨らませる文緒。赤い顔で。
「今日は……お風呂のあとで、ね」
「ん」
 股間はもうやる気満々。

 先にお風呂から上がって、文緒がお風呂に入ってる間、祐介はゴロゴロとベッドと転がって待っていた。全裸で。
 考えるのは保奈美の事。
 彼女には本当に済まないと思う。だが戻る事など出来ない。妊娠した文緒を見捨てる事など出来はしない。
 文緒の妊娠を知った瞬間、衝撃が体を突き抜け、一瞬で直樹から祐介に変わった。
自分の中にこれほど文緒を愛している気持ちが大きいとは自分でも驚きだった。
こうして一緒に暮らしているのが何だか不思議だ。本来なら保奈美と一緒に学園に通っているはずなのに。
 そして保奈美と……

「祐介君」
 今更有り得ない未来は現実の声に呼び戻される。
「どうかな」
 お風呂から上がった文緒は蓮美台学園の体操着を着ていた。



 お風呂上りでしっとりと濡れた短い黒髪。眼鏡は掛けていない。そしてブルマー。
 今日はつくづくブルマーに縁がある。
「うん……うんうん」
 祐介は何度も頷く。全裸で。
「いいよいいよぉ。よっ、元女学生」
「もう。何よそれ」
 満更でもなさそうに文緒はベッドに腰掛ける。早速祐介が背後から抱きついてきた。
体操着独特の感触を全身で直に感じ、前に回した手で胸を包む。
「そんな……急に」
 最近めっきり柔らかくなった乳房が手の中でぐにゅと揉まれ、文緒は早くも赤い顔で喘いだ。
下着は穿いていない。乳首の固い感触まではっきり感じられた。もう勃っている。祐介のイチモツも。
「あっ……」
「どうせなら、体育館の倉庫のほうがよかったかな?」
「馬鹿」
 文緒をベッドへと寝かせ、祐介は上から覆い被さりちゅっとキスした。文緒も背中に手を回し、
自ら足を腰に絡める。
「んっ……んっ」
 もう何度もしてすっかり慣れたキス。舌を入れて互いに絡めると、じゅくじゅくと音が鳴り、糸を引いた。
「ふふっ」
 口を結ぶ糸を手に絡める文緒。髪をかき上げ、耳を甘く噛むと、「はんっ」と小刻みに震えた。
 ドキドキと高鳴る鼓動がお互いにはっきり聞こえ、耳を舐めながら祐介は横抱きにして、体操着をまくしあげ、下から手を入れる。
「あっ……はぁ……」
 手が乳房に直に触れ、ピンと尖った乳首を撫で回す度に、文緒もまた敏感に反応して腕の中で振動する。
指を口に入れ、潤んだ瞳で切なそうに喘ぐ文緒に、祐介もまた切なくなった。
「声…出していいんだぜ」
 耳元で囁くと彼女はビクンッと大きく飛び跳ねた。
 そして片手を今度は下に伸ばす。ブルマの中に。
「あっ……アアッ! はあぁっ!」
 下もやはりパンツは穿いていなかった。ブルマの中、指が直に割れ目に触れると、しがみつくように抱きつき、遠慮なく甘い声をぶつけてくる。
「やあっ! やだよおぉ!」
 くちゅくちゅと指が肉壷を掻き回し、淫らな音が響くと涙目で文緒は訴えてくる。
「め、メチャクチャになっちゃう……私…ヘンになっちゃうよぉ」
「ああ。いいんだよ」
 真っ赤な頬ほっぺたにキスし、祐介は肉壷をかき回す指を早めた。
「はっ…! だめっ……や、だめーっ!!」
 ビクンっ、と文緒の背筋が仰け反り、硬直する。
「イッた?」
 しがみつき、ハァハァと甘く吐息を吐く文緒はこくんと頷く。
「ずるいよ。自分だけ」
「だったら……きてよ」
「もちろん」
 横抱きから上に回って祐介が文緒を優しく見下ろす。
 文緒は黙って脚を開き、祐介は脚の付け根のブルマーをずらして、濡れた秘所を晒した。ぐちゅぐちゅに濡れた割れ目。うっすらと開いて、ピンクに輝く中身は蠢き、今や遅しと待っている。



 ブルマの布をイチモツの横に感じ、祐介は熱い肉壷へと沈んでいった。
「アウウゥ!」
 ガクンガクンと文緒がベッドの上で飛び跳ね、背中にしがみつく指が爪を立てて肌に食い込む。
 背中に甘い痛み、そして下半身から強烈な締め付けと快感を得ながら、祐介は囁く。
「委員長がこんなに乱れるって知ったら。クラスのみんなどう思うかな」
「やあぁ……言わないで……はぁ!」
 腰を回転させると、ぐちゅぐちゅと淫らな音が響き、パンパンと肉と肉がぶつかる音がする。
「美琴や……結先生に聞かせてやりたいな」
「もう…もう……馬鹿ぁ」
 語りかける度、きゅっきゅっと文緒の膣が熱く締め付ける。
「大好きだよ。委員長」
 ちゅっとキスした唇は唾液で濡れそぼり。潤んだ瞳はもう前を見ていなかった。
「あぐうぅ……」
 背中にしがみつき、脚を腰に絡め、文緒は極限まで緊張する。膣も。
「くっ」
 強烈な締め付けに肉竿も限界まで達した。
 祐介の脳髄にバチッと火花が飛ぶ。

「アアアー!」

 白い喉を仰け反らせ、文緒が鳴く。祐介は急いで腰を引き抜き、そのブルマーの上に射精した。
「あっ!?」
 熱い液体をブルマーの上に感じ、文緒はうっとりと恍惚の表情で絶頂の波に体を震わせ続ける。
「あっ……はあぁ…! イイ、イイよ……」
 ブルマ、そして体操着に射精しながら、祐介もガクガクと背筋を震わせ、絶頂の快感に浸っていた。

 ハァハァ

 射精が止まり、下を見れば荒い息を吐く文緒。体操着にはしっかりと精液が振り掛けられている。
 そのまま顔を下げ、精液で濡れた体操着をさらにたくし上げ、乳房に吸い付く。
「あんっ」
 絶頂の余韻に浸っていた文緒がまた悶える。
 ピンと尖った乳首。まだ母乳は出ないけど吸うととっても甘くて。ちゅうちゅうと吸い立て舌で転がす。
「もう……」
 赤ちゃんのように胸にしゃぶる祐介の頭を抱え、文緒は目を閉じて快楽にまた浸った。
大好きな彼がくれる甘い性の喜び。自分がこんなに乱れるなんて、確かにクラスのみんなが知ったら驚くだろう。
「アッ……」
 はぁと甘い息を深く吐き、乳首を吸われ、文緒はまた喉を仰け反らせた。
 熱い。お腹の奥、子宮がとても熱くて。
 どんどん彼が欲しくなる。
 その想いが通じたのか。
 祐介は胸から顔を上げ、文緒に囁く。
「後ろ」
 うんと頷いて、文緒は四つん這いになった。



「ああっ……アア…ア」
 バックから貫かれ、激しくベッドの上で身体を揺らし、ベッドのスプリングがギシギシと鳴る。
「な、なあ」
 背後から貫き、祐介が文緒のお腹に手を当てる。
「な、なに……はぁっ!」
「子供の名前……」
「うんっ!」
 朦朧と痺れる頭で祐介と文緒は繋がりながら会話をかわす。
「男の子だったら直樹……て付けないか」
「うん……うん……はああっ!」
 絶頂に達し、今度は膣に熱い精が注がれる。
「アアっ! だめ……イク、イッチャウーっ!」
 ドクンっと射精し尽して、背中から祐介は抱きしめる。火照った彼女の体はとても熱くて。
そのままベッドに沈み込んでまた抱き合った……。

「ねえ」
「ん?」
「ずっと……側にいてね」
「ああ」
「あなたには私がいる」
「文緒には俺がいるよ」
 そして恋人同士はまたキスする。

「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
 翌朝マンションの自室の前。出かける祐介に文緒はちゅっとキス。
 あれからちひろから連絡はないがとりあえず温室に出掛ける事にした。そこに居なければ恭子先生の所に行くつもりで。
「なおくん。おはよう」
と、いつもの声。横を見れば保奈美がいた。
 もう祐介も文緒も驚かず、手を繋いで保奈美を見る。
「おはよう」「おはよう。藤枝さん」
 そして挨拶。
「保奈美。結婚式決まったら呼ぶよ」
「ぜひ来て下さい」
 ぺこりと二人揃って頭を下げる。
「なおくん……」
 だっと急に保奈美は駆け出した。二人に向かって。
 咄嗟に祐介は文緒を庇うが、保奈美はその二人を通り過ぎた。
「さようなら」
 すれ違い様、それだけを言い残して。
 保奈美はそのままマンションの廊下の壁を駆け上がり、飛び降りた。
 ここはマンションの十階。一瞬で保奈美の姿は落下して見えなくなる。
「イヤアアアアアアアアアァァァァーっ!」
 文緒は叫び、祐介は目を見張った。

(つづく)