5-755 名前: 名無しさん@ピンキー [sage] 投稿日: 2006/12/14(木) 17:52:46 ID:FJJvyUxX

 22世紀間近の文明世界は崩壊などいうレベルを超え、今は『消滅』への
カウントダウンを指を咥えたまま数えている有様である。突如として出現し
た新種のウイルス『マルバス』は既存の全ての医療技術や化学療法を駆逐
しながら全ての大陸を制覇し、情報ネットワークが崩壊した状態で確認さ
れた感染者数は全人口の三割以上、死者に至っては十億人を下らないだろ
うと推測された。
 「う……ぐ……ぐ……!!」
 「ほら祐介、あそこだよ! あそこに明かりが……」
 そして最後に残った砦が日本を始めとする東南アジア諸島とオーストラ
リア、両極圏といった限られた地域。かつては栄華の中心とされた大陸諸
国の殆どはマルバスの侵攻を食い止める最後の手段である焦土作戦により
消滅し、残された僅かな健常者達は辛うじて行政能力を維持できている各
国の軍事施設内に設置された無菌シェルターに隔離され風と太陽と希望を
奪われ一寸先さえ見えない暗黒の日々を生きていた。

 (タタン、タタタタン!)

 そして、その聖域の外には文字通りの『地獄絵図』が広がっていた。

 (ぐちゃっ!)

 数分前までは人間であった筈の真っ赤な肉の固まりを踏みにじりなが
ら、監視のための他脚戦車がフェンスの外を移動し、動くモノを片っ端か
ら機銃で四散させる。検疫をパスできなかった者、検疫を受けずに侵入
しようとする者は全て射撃許可が……いや、蟻一匹通すなと言う命令に
従わなければ次に銃殺されるのは操縦者自身。彼らは人類を守るために
、他ならぬ人類を殺戮するのである。



 「た、助け………」
 タン、と爆竹が爆ぜるような音と共に背後から対物弾頭の精密射撃を
受け、壮年らしき男性の唇から上が綺麗に吹き飛ばされる。貫通時の高
熱で脳内の水分は残らず蒸発し、頭蓋骨だった真っ赤な破片を全て飛び
散らせてから数秒後に大量の血液が真っ赤な噴水となって華麗な放物線
を描きつつ辺りの大地を深紅に染めてゆく。そして、彼が最期まで胸に
抱き守っていた小さな体にも情け容赦なく降り注ぐ。
 「あ、あ………あ……!」
 粘り気のある動脈血を全身に浴び、髪を服を顔を奈落の朱に染め上げ
た幼い少女は瞳を限界にまで見開き声にならない呻きを発しながら目の
前の殺戮兵器を、眼前で親を殺した巨大な鉄の固まりを恐怖の眼差しで
凝視している。この小さな命が病原体の乗り物なのか、あるいは彼女を
運んでいた人物がマルバスの宿主だったのかは定かではないが、人間の
体液を浴びてしまった以上は全てが手遅れである。高性能レンズと画像
解析装置越しに少女と目を合わせた兵士は、もう失われてしまった故郷
の信仰の象徴に心の中で祈りを捧げながら操縦桿の先端部の小型スティ
ックで照準を合わせ……引き金を……

 (カン、カン………カン……)

 『走れ! 早く! 走れ!』
 (5.56ミリ弾、 距離約50メートル、右上方からの攻撃)
 口笛で呼ばれた犬のように素早い動きでサブの複合センサーが自動的
に回頭し、コンマ数秒で狙撃者のポイントを逆算し音声解析と共にHU
Dに表示する。
「聞こえないのか! 走れ! はし………がっ!?」
 先ず左足が機銃弾で引きちぎられ、次に脇腹を抉り、最後に手に持っ
た突撃銃ごと右腕を奪い去る。直撃を受けた反動で跳ね上がった体を次
の掃射が真っ二つに引き裂き痛感を知覚する暇も与えず頭部を完全破壊
し、狙撃者の体は数秒で粉砕された。



 祐介と美琴が踏みしめる大地の感触にも、朝霜を砕くような嫌な音が
混ざり始めていた。人間の体重の半分弱の重さで意図も簡単に砕け散り
風に舞って消えてしまうそれは、焼き尽くされた大量の人骨。助けを求
め救いを探す長い長い旅路の果てで、その存在を拒絶され天に祈る暇す
ら認められずに『処理』され火炎放射器で『消毒』された何千何万の難
民のなれの果てである。
 「大丈夫、だからね? もう少しだからね?」
 「でも俺は……姉貴だけでも……」
 「駄目だよ! 二人っきりの家族なんだから、お父さんとお母さんの
分まで……きゃっ!?」
 美琴の小さな声から遅れる事数秒後、無慈悲な風音に混じって小さな
銃声が祐介の耳に届く。
 「ゆ……すけ………」
 力尽き崩れ落ちる美琴の背中に刺さった矢尻。
 「姉貴っ!?」
 そして姉の細い体を支えようとした祐介の腕にも、同じ麻酔弾が撃ち
込まれた。


 「アルファより本部。対象二名を確認、確保しました。」
 (良くやった大尉。すぐに移送してくれ。)
 「アルファ了解。直ちに帰投します。」 
 

 轟音と共に図上を通過し、少女が行きたくても行けないシェルターへ向
け鳥のように飛び去ってゆく一機のティルローター。
 「……そっか……飛べ……れば……」
 その視界を遮るように彼女の腕ほどの太さの火炎放射機が姿を現し、全
てを浄化するために少女に顔に向けられた。