5-690 名前: 640 [sage] 投稿日: 2006/12/08(金) 01:36:20 ID:TmfpxaOb

 程よく夜も更けた蓮見坂の中腹。一見しただけなら小さめの分譲マンション
か何かと勘違いしてしまいそうなモダンな外観を持つ三階建ての建物は、更に
坂を上った先にある私立蓮見坂学園の学生寮である「蓮華寮」。寮生達の夕食
時間も終わり、都心部から少し離れた緑豊かなベッドタウンらしい静けさを取
り戻した寮内の一室では、三人の本校生が小さなガラステーブルを囲むように
しながら熱心に勉学に勤しんでいる。
 「う、うぅ〜〜〜っ!」
 ………勤しんでいた。
 「あ、天ヶ崎さん!?」
 「あー………やっぱ、そろそろ限界か……」
 唐突に珍妙な唸り声を上げ始めた天ヶ崎美琴の左側に座っていた部屋の主、
秋山文緒の驚きとは正反対に、右側に座った室内では唯一の男子である久住直
樹の反応は実に冷静というか慣れていた。
 「うぅ〜っ、うぅ〜〜〜っ!」
 「げ、限界って……なんのこと、久住くん?」
 「なんていうか、こいつって集中力を維持すんのが凄く苦手なんだよ。瞬発
的な行動力とか閃きとかは抜群なんだけど、我慢とか忍耐って奴はとことん下
手な部類で……」
 「我慢と忍耐って、どっちも同じ意味じゃないかしら?」
 「……細かい部分はともかく、長い時間ジッとしてる事が出来ないタイプな
んだな。んでもってストレスが限界に達すると、発作みたいに杏……」

 「杏仁豆腐分が足りなぁ〜〜〜〜〜〜いっ!!」

 「……とまぁ、こんな風に叫んだりする。」
 「……………………………」

 「あ、あんにんどうふぅがぁ〜〜〜〜ぁ!」

 「……………久住くん、杏仁豆腐分って……なに?」
 「あ、杏仁豆腐分は杏仁豆腐分だよ〜! 杏仁豆腐の主成分で、勉強してる
とドンドン減ってっちゃうんだよ! 人間は杏仁豆腐分が足りなくなると、極
度の疲労感や集中力とか思考力の低下症状を起こしちゃうんだよぉ〜!」
 「……………………………」
 「……………ということらしいぞ、委員長。」



 「前々から思ってたけど、久住くんと天ヶ崎さんってホントにお似合いのカ
ップルよね。いろんな意味で。」
 「いや照れるなぁ。 ほれ、あーん。」
 「あ〜んっ♪ はぐ、もぐもぐもぐ……」
 「……断っておくけど、これっぽちも褒めてないから。」
 事前にコンビニか何処かで仕入れていたらしい杏仁豆腐のパックを持参のリ
ュックの中から取り出し、これまた携帯しているらしいスプーンで一口ずつ口
元まで運んでやる直樹と、正座したまま雛鳥のように首を伸ばして何の悩みも
無さそうな満たされた表情で食べさせて貰っている美琴。どっからみても典型
的バカップルの見本市である。
 「それはともかく……」目の前の光景に『はぁ』と呆れた溜息をつく委員長
こと文緒「……二人とも、もうちょっと真剣に……って言うのは流石に少し失
礼よね……本腰を入れてかかった方が良いと思う。まだ時間はあるにしても、
受験って言うのはそんなに甘い物じゃないわよ?」
 「た、確かに……」
 「うぅ、ゴメンね?」
 「べ、別に責めてる訳じゃないけど」予想外に殊勝な二人に今度は困った顔
に「こうやって私の一緒に勉強しようって言う意気込みは本物だなぁって思う
し、中断するまでは凄く真面目にやってたし、その…………」
 「………………………」
 「………………………」
 「………その、集中力が続かない状態で無理をしても効率は落ちてくだけだ
し、適度に休憩を挟みながらでも良いと思う。こ、これから少しづつでも良い
から持続力が付くように心がけていけば良いわけだし、えっと……」一向に改
善される気配がない重苦しい空気の中、半ば無意識のうちに話題を変える切っ
掛けを探していた目が、ある物を見つけた「……それ、久住くんが持ってきた
の(リュック)よね。まだ杏仁豆腐残ってる? 私も疲れちゃったから、天ヶ
崎さんを見習って杏仁豆腐分を補給させて貰おうかな?」
 「あ……ああ、良いよ。一緒に食べようぜ。」
 文緒の機転に感謝しつつ、リュックに手を伸ばす直樹。しかし慌ててしまっ
た彼の手は巧くリュックを掴むことが出来ず、そのまま横倒しに……

 (ゴトン!)

 「あ………!」
 「………ゴトン?」
 放っておけば開かなかった筈の地獄の鍵を自ら回してしまった。



 学級委員長兼、寮生長の強制臨検で摘発されたのは最低限の勉強道具と数個
の杏仁豆腐に加え……
 「……久住くん?」
 「さ……さーいえっさー!」
 「これは………なんなのかしら?」
 「さー、着替えと瓶であります、さー!」
 部屋の真ん中で直立不動を命じられた直樹の前で、リュックの中身が次々と
押収され証拠物件になってゆく。
 「着替え? ということは、何処かに泊まるつもりだったのかしら?」
 「さー、弘司の所で厄介になる予定です、さー!」
 「でも、さっき聞いたときは帰るって言ってたわよねぇ?」
 問いつめる文緒の瞳は、すっかり学園でのそれになっている。当然ながら、
そこには先ほどまで優しさは欠片も残っていない。
 「そ、それは……」
 「まさかとは思うけど、広瀬くんが開けてくれなかったとか何とか言い訳し
ながら夜中に天ヶ崎さんの部屋に無理矢理押しかけてる作戦だったんじゃない
のかしら? 天ヶ崎さんの優しさに付け込んで……」
 「ちちち違うよぉ! 直樹はそんなことしないもん。はじめから、ちゃんと
約束して私の……………あ!」
 「……なるほど」と文緒の目が細くなる「どうやら二人して私を騙して、天
ヶ崎さんの部屋で楽しい夜を過ごす予定だったようね。久住くん?」
 「あ、あわわわっ!」
 「…………あほ。」
 「で、その楽しい時間は……」と最後にして最大の品「……この中身が大活
躍する事になってたんでしょ? これ、何かしら?」
 そこには事が発覚する最大要因となった半透明の大きな瓶。まだ未開封らし
い瓶ラベルには直樹自身もよく知らない外国語の文字と、誰が見ても分かりそ
うな瑞々しいメロンの絵が。
 「さ、さー、それはメロンシ……」
 「シロップ、っていっても無駄だからね。」
 「あ、あのぉ〜」おずおずと手を挙げる美琴「それ、私がお願いして持って
きて貰ったんだよ。」



 「……ワインみたいな味だと思ってたけど……」
 「甘ぁ〜い、美味しぃ〜い♪」
 泣く子には敵わない、という訳でもないのだろうが『せっかく持ってきてく
れたんだから、ちょっとだけ味見しようよぉ〜』とウルウル目でゴネる美琴に
押し切られた形でコップに注がれた淡いグリーンの液体を舌先で舐めてみた文
緒は、そのソフトドリンクの様な甘さに驚いた。
 「ホントはもっと冷やすか、氷で割るかして甘さを少し殺した方が飲みやす
いんだけどな。あとお湯割りも結構いけるって。」
 「私は、このままが一番美味しいと思うけどなぁ。」
 「男性と女性の好みの違いかも知れないわね。でも想像していた以上に軽く
て飲みやすいわ。ほとんとジュースね。」
 「ま、まぁな……」これでも実はワインと同等のアルコール度数であると知
っている直樹は少々胸が痛む「……とりあえず、ピーナッツも買ってあるから
一緒にどうだ? シンプルだけど凄く合うぜ?」
 と機嫌を取るように注ぎ足す。
 「そういうことだけはマメよね、久住くんは?」
 口調とは裏腹に、まんざらでもない様子でコップを傾ける文緒。
 「ほんとだ、美味しい〜!」
 そして相変わらずの幸せ回路作動中が約一名。
 「そりゃまぁ。美琴は未………日本に戻ったばかりだし、向こうじゃかな
り地味な青春しか送ってなかったらしいから、今の内に色々と面白い経験をさ
せてやらないと可哀想だなって思ったんだよ。大学は大学で色んな事が出来る
だろうけど、今は今で楽しめることを楽しんでおかないと損だろ?」
 「それは……久住くんの言うこともわからないでもないけど……」
 甘い液体をちびちびと口に運ぶ文緒の頭の中では、新学年になってから皆で
過ごした時間の思い出がスライドショーみたいに次々と鮮明に浮かび上がって
くる。客観的に考えればどれもこれも珍騒動というか珍事件のようなばかりだ
ったが気がしないでもないが、思い出される級友達の顔は不思議と笑顔ばかり
で、しかもその中心には必ずと言っていいほどに目の前の少年がいたような気
がする。
 「な? なんだかんだ言ったって、最後に笑っていた奴が一番の勝ち組だっ
て俺は思うんだ。人生って奴はさ?」
 「け……けど、守るべき節度という物もあるでしょう? みんながルールを
守っているからこそ、安心して色々なことを楽しめるのだと思うけど?」



 「それに関しちゃ委員長の言うとおりだ。悪ぃ!」
 そんな風に素直に認めて頭を下げる直樹だからこそ、少々の馬鹿をしても皆
が付いてくるし協力もするのだろう。
 「そ、そんな大袈裟に謝るほどのことじゃ……」そして、馬鹿が付くほどの
子供っぽさと純粋さと、年に似合わぬ決断力と行動力を併せ持つ久住直樹とい
う少年を、いつの間にか目で追ってしまっている文夫「……私だって、本当は
一々細かいことで怒りたくないんだから。でも私が五月蠅く言っていれば、逆
に先生方だって大目に見て下さるっていうのもあるし、普段から真面目にして
いれば、時々脱線してもそんなに厳しくは叱られないでしょう? それに久住
くんは私の話を真っ直ぐに聞いてくれるし、何かあったときも率先してみんな
を纏めてくれるから、その………」
 「まぁ、あんま頭が良く無くったってノリだけは良いからな。お祭り騒ぎが
好きな連中にしてみりゃ担ぎやすい御輿なんだろうな。」
 と、空になったコップに注いでやる直樹。
 「そ、それでも良いじゃない。野乃原先生の時もそうだけど、体育祭の時に
は……もちろ良い意味で……本当に驚かされたわ。」
 あの時は素直に言えなかったけど、と心の中で付け足す。
 「俺は思い付きをそのまま言ってみただけだよ。実際に考えたり進めたりし
たのは全部他の連中で……」
 「だから、その人達を動かす何かを久住くんは持ってるのよ。でなきゃ、私
達の前に誰かがやってた筈でしょう?」
 「な、なんか今日は……」照れた顔で頬を掻く直樹「……えらく持ち上げて
くれるんだな。もしかして酔っちまったんじゃないのか?」
 「そ、そういう事じゃなくって………」

 「……………熱い………」

 「へ?」
 「あ……!」
 直樹と文緒、二人が二人とも忘れかけていた第三の人物。いつになく静かだ
った所為か全く注目されていなかったポニーテールの少女の頬はアルコールで
真っ赤に染まり、目は完全に据わっている。



 「この部屋、熱ぅい。」
 「って美琴! お前もしかして……」
 ほんの数分前までは半分近く残っていた筈の瓶は既に空。そして直樹のコッ
プには半分弱、文緒は三分の一程度、そして美琴のはほぼ満タ……
 「んくっ、んくっ、んくっ………ぷは。」
 ……四分の一未満?
 「つまんないつまんなぁ〜い! 直樹は秋山さんと楽しそうに話してばっか
だし、お酒はないし何だか熱いし、も、つまんぁ〜〜〜〜〜っ!!」
 ちゃぷちゃぷと貴重な酒を揺らしながら両手を振り回し、子供のように駄々
をこねる美琴。どこから見ても立派な酔っぱらいである。
 「わ、わかったわかった! わかったから少し外で酔いを……」
 「にひひひ〜♪ えぃっ!」
 「わわっ!?」
 細い腕を引っ張って連れ出そうとした直樹を全体重で引きずり倒す美琴。油
断していた為か、はたまたアルコールの影響か直樹はアッサリとバランスを崩
してしまい、美琴の上に覆い被さるように転倒してしまう。
 「えへへ〜、なぁ〜おき〜♪」
 「って抱きつくなしがみつくな脚を絡めるなぁぁぁぁぁっ!!」
 「ちょ……あなた達学校の寮で何を…………きゃっ!?」
 そして二人を制止しようと立ち上がった文緒も膝が抜け絵に描いたような格
好で転んでしまう。
 「委員長!?」
 「あ、あれ? なに? なんで? あれれれれっ?」
 しかも、戸惑うばかりで論理的な思考回路が全く働かない文緒。自分の身に
何が起こったのかさえ満足に把握できていないのかも知れない。
 「一番、天ヶ崎美琴! 脱ぎまぁ〜すっ!」
 何時の間に上下が逆転したのか、マウントポジションを取り直樹の腹に跨っ
た美琴が上棟式の餅のように服(といっても上半身だけだが)を次々と撒き散
らしてゆく。
 「な、ななな……!」
 呆然と見つめる文緒の前で、アッと言う間にクラスでも屈指と謳われるCカ
ップ……のピンクのブラが露わに。
 


 「ね? ね? 凄く可愛いでしょ? 直樹の為にぃ、上下セットで買ったお
ニューを下ろしたんだよ〜?」
 控え目にレースをあしらった下着を自慢しようと体を揺らすたびに精神年齢
に似合わぬ(失礼)立派なバストが豪勢に揺れる。
 「というか、いまにも溢れそうだ……」
 「久住くんっっ!」
 「……じゃなくて降りろって、美琴!」
 「そ、そうよ天ヶ崎さん! こんな所でそんなはしたない格好しちゃ駄目で
しょ!?」
 「えーっ? なんでー?」何故かとても楽しそうな美琴。
 「な、なんでって……男子が居る前で……」
 「男子じゃないよ、直樹だもーん♪ 直樹にはぁ、もぜぇ〜〜んぶ見せちゃ
ったから平気のへっっちゃらだも〜ん。しかも直樹ってば、私のオッパイが大
大だぁ〜い好きなんだよね〜?」
 「なな、なななななななっ!?」
 「っていうか、いまはそ………もががっ!?」
 「もぉ、直樹は素直じゃないなー。」自前の質量兵器で反論を封じた美琴が
白魚のような指を恋人の股間へと伸ばす「ここはぁ、こんなになってるのに往
生際が悪いよぉ? 気持ちいいことしたいんだよね?」
 「むぐぐぐぐっ、んぐぐぐぐぐぐ!!」
 直樹、窒息寸前。
 「だから学校の寮で……きゃ……っ!?」
 立ち上がろうとした文緒、今度はリュックに滑って転倒。
 「んふふ〜♪」
 そして美琴の指が(酔っているとは思えないほど器用に)ベルトを外しチャ
ックを下ろし、直樹の劣情を解放した。