5-548 名前: はにはに 祐介×文緒 [sage] 投稿日: 2006/11/26(日) 23:12:36 ID:gjBH/LcR

「聞いた委員長。昨日の夜なんだけどさ。誰か学園で暴れたんだって。
 それがうちのクラスの久住君にそっくりなんだってさ」
と聞いた委員長こと文緒は、早速本人―久住直樹にも確認してみる。

「昨日の夜、久住君が大暴れしてたって噂になってるよ」
「……はあ?」
 ただ本人は見に覚えがないという。アリバイも完璧だ。
 ふーとため息をついて、話を聞いた文緒は考える。
「とりあえず……捕まえた方が早いかな?」
 誰にともなく口の中で呟くと、女生徒が近付くのに気付いてそそくさと離れた。
 藤枝保奈美さん。久住くんの彼女。ちょっと前は幼馴染だったのに気付いたら恋人になっていた。
誰が見ても明らかなほどに。文緒が見ても。
「なおくん。お待たせー」
 ちらっと振り返り、仲睦まじい二人を見て、文緒はまたため息をつく。

「これでよし、と」
 夜になって。準備万端整えた文緒は学園で待ち伏せる事にした。手には弓道部で使っている弓。
もちろん当てる気はないが気休め程度にはなる。
 服はもちろん制服。夜とはいえ学園にいるときは制服。生真面目な委員長らしい、と知ってる人なら思うだろうか。
 本当は誰か男子にも付いていてほしかったが、生憎と頼める人がいない。
 犯人によく似ているという久住君を誘おうと思ったが、これも止めておいた。
藤枝さんとの仲を邪魔するようで。今頃は彼女とイチャついてるんだろうか。
 何故か。カーとほっぺたが赤くなる。仲睦まじい恋人を想像しただけで。
 いけない、いけない。頭を振って妄想を振り払い、文緒は校内を散策していった。
 夜の学園はシンと静まり返り、びゅーと風の音もよく響く。

 ―やっぱり、誰か男子に付いてもらった方がよかったかな。

 今更ながらそんな事を思ってしまう。
「あれ?」
 ふと薄暗闇の向こう、誰かいるのが見える。時計塔から出て来たようだ。
「誰……」と声を掛けようとして止めた。あれが噂の本人かもしれない。
 見た所男子のようだ。温室の方向に向かっている。
 よし、と足音を立てないように注意しながら尾行していく。といっても文緒に忍び足技能なんてにあが。気休めだ。
(久住君?)
 うっすらと見せる背中を見ながら思った。やっぱり久住君に似てる。よく見えないけど。やたらふらふらした足取りで温室に近付いていく。
と、男子はふらふらした足取りで温室にガチャンとぶつかる。温室のガラスに当たった音。
そのままガツンガツンと温室の窓を叩き始めた。
「ちょっと!」
 たまらずに文緒は声を掛けてしまった。
 男子がビクッと震え、こちらを見る。
 その顔は……やはり久住くんだった。
「久住君? あなた久住君なんでしょ!?」
 返事をせず、また背中を向けて走り出して行く。
「止まりなさい!」
 逃がさないとばかり、文緒は弓矢を構えた。キリリと弦を引き絞る。
 薄暗闇の向こう、男子の背中にしっかり狙いを付ける。
「止まらないと撃つわよ!」



 止まらない。
 だから射る。わずかに狙いを外して。
 射た瞬間、男子がよろける。文緒が矢を外した方向に。
「危ない!」
 声を掛けたときにはもう遅かった。
 お尻にぷすっと矢が突き刺さる。
「はうっ!?」
 ビクビクっと矢の刺さったお尻を前後に揺らし、男子はそのまま前のめりに倒れ込んでしまった。
 さっと蒼ざめた顔で文緒はしばし呆然としてしまう。
 
 まさか当たるなんて……。
 私の矢が人を傷つけるなんて……。

 前のめりに倒れ、高く上げた矢の刺さったお尻がまたびくっと震える。それを見て文緒はハッとなった。
「ごめん! 大丈夫!」
 声を掛け、駆け寄るとバッと男子は立ち上がった。
 そして自分の尻に手を当て、
「おおっ。お尻に矢が刺さったようだ」
「刺さってる、刺さってる」
 つい突っ込みを入れてしまい、それから文緒はぺこっと頭を下げた。
「ごめんなさい!」
 どんな事情であれ、弓矢で傷つけたのは許される事ではない。でも今は謝ってる場合じゃなかった。
「は、早く傷の手当てしなきゃ」
 救急車呼んだほうがいいかも、と文緒が思ってると、男子は手を回してぷすっと尻に刺さった矢を引き抜いた。
「大丈夫。お尻が二つに割れただけだから」
「は?」
 矢に血は付いていない。肛門に突き刺さる直前でお尻に挟まれて止まったらしい。
「大丈夫なの? 久住君」
 近くで見た男子は本当に久住くんそのものでついそう呼んでしまった。
「誰だそりゃ? というかどこだここ?」
 男子はぐるっと周囲を見回して、
「ああ、そうか。またか」
 一人で勝手に納得して、矢を手にしたまま歩き出す。
「ありがとな。じゃ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
 慌てて文緒はその肩に手を掛けようとする。と、
「俺に触るな!」
 不意に激昂した調子で怒鳴り、男子はさっと遠ざかった。その声に文緒はビクッと首をすくめてしまう。
「あ、ああ……ごめん」
 相手が怯えたのに気付いたのだろう。男子がすぐに謝る。そして手にした矢を見つめて、
「これ、後で返すよ。一応ちゃんと洗わないと」
「いや、それはいいけど……。本当に怪我はない?」
「ああ。この通り」
 その場でぴょんぴょん跳んでみせる。どこにも怪我は感じられない。
「そう……良かった」
 とりあえずホッとする。ホッとしたら疑問がいろいろ湧き出た。
「久住君、こんな時間に何してるの?」
「久住? 誰だそれ?」
「誰って……久住君でしょ」



 文緒は目の前の男子を指差す。どこからどう見ても久住直樹。
「俺?」と男子は自分を指差し、「いや、俺は久住とかじゃない」
「じゃあ誰なの?」
「祐介」
 ジーと文緒はジト目で祐介を見る。
「祐介、君ねえ……」
 頭を斜めに向けると、短い髪がさらさらと揺れた。ちょっと考えて頭を戻して、
「あなたね。最近、夜になると学園で暴れてるのは」
「うん。多分……そうだと思う」
 あっさり肯定する。
「何でそんな事するの!?」
 つい語気が荒くなってしまう。
「……悪かった。でも、どうしようもなかったんだ」
「どうしようもない?」
「病気なんだ」
 そう言った祐介はとても寂しそうで……。つい、文緒も調子が弱くなる。
「病気って……夜になると暴れる病気?」
「まあ、そんなもん」
「どんな病気よ」
「自分で言ったんだろ」
 そこで祐介はじみじみと文緒を見る。
 短い髪にヘアバンドを付けた女子生徒。ちょっと姉貴に顔が似てる気がした。
「ところで、あんたは誰?」
「私?」
 あ、そうか。久住君じゃないんだ。向こうは私を知らないんだ。と文緒は気付いて自己紹介した。
「秋山文緒」
「この学園の生徒か?」
「そうよ。二年生」
 文緒は久住君によく似た祐介を改めて見る。この学園の制服を着ている。
「久住君……じゃなくて、祐介君は違うの?」
「ああ、ここの生徒じゃない」
「じゃあなんで学園にいるの? 制服着て」
「ここに居るから」
「居るって……どういうこと?」
 ぽりぽりと祐介は頭を掻く。どこまで事情を説明したらいいものか。
 自分の手を見つめて、ぽつぽつと語り出した。
「言っただろ。病気だって。それでここで治療を受けてるんだ」
「なんで学園で?」
 もっともな疑問。普通は病院だろう。
「さあな。そこんとこは分からないけど……とにかく、ここでなきゃダメなんだ」
「ふーん」
 ふと文緒は整理する。
「久住君……祐介君は学園で暮らしてるの?」
「まあな」
「どこで?」
「それは……秘密」
 それはそれで気になる。でもそれ以上は聞かなかった。聞くと逃げてしまいそうで。
「病気ってどんなの?」
「死ぬ」
 あっさりな答に、文緒はドキッと心臓が高鳴った。
「死ぬって……」
「本当だよ。このままじゃ俺はいつか死ぬ。まあ人間いつかは死ぬんだけど」



 そう言った少年はとても儚げで。何故か文緒はその寂しそうな顔が焼きついた。
そして瞬間的に悟った。嘘じゃないと。
「そ、それじゃ治さないと……」
「ああ。だからここに居る。治療法を見つける為に」
 言うと、祐介は一歩後ずさる。
「それと。俺の病気はウィルスによる感染症でね。体液感染だからこうして話をする分はいいけど、
あんまり近付かないほうがいい」
 手にした矢を改めて見る。もし血や体液が付いてるなら、返してはならない。
「これ、後で返すよ。秋山文緒、だっけ」
「う、うん……。文緒でいいよ」
「また……逢えるか?」
「うん。私、弓道部だから」
 ついどうでもいいことを言ってしまう。
「そうか。じゃあ、また」
 それだけ言うと、祐介は駆け出して闇の中に消えてしまう。まるで夜に溶け込むかのように。
「あっ、ちょっと待って」
 呼びかけたときにはもう居なかった。
「また、か……」
 そっと呟き、弓を持つ手に力が入る。
 何故だろう。胸がドキドキと高鳴ってしまう。
 ひゅー、と冷たい夜の風が通り過ぎる。それでも文緒の胸の奥の熱は冷めなかった。

「ねえ、久住君」
 翌日。いつものように幼馴染の藤枝さんを後ろに乗せて自転車通学してきた久住君に、文緒は恐る恐る話し掛けた。
「昨日の夜さ……学園に来た?」
「いや。また何かあったか」
 久住君は委員長をきょとんと見返す。横にいる藤枝さんも聞いてきた。
「あ、ひょっとしてなおくんのそっくりさんがまた出たとか」
「う、ううん。そうじゃないの」
 ぱたぱたと手を振り、文緒は離れる。お熱い幼馴染カップルから。
「やっぱり……久住君じゃないんだ」
 よく似ている二人。久住君と祐介君。でもどこか違うのを文緒は感じていた。

 彼が言う死の病気に患っているせいだろうか。

 特に何事もなく(普通はそうだ)放課後。
 その日の弓道部の練習は身が入らなかった。
 どうしても彼の事が頭から離れない。
 彼は今頃、何をしてるんだろう?
 矢が狙いを外れるのは集中できない証拠だ。
「はぁー」
 早々に文緒はため息をついて、練習を切り上げた。身の入らない練習をいくらしてもきりがない。
 袴から制服に着替えて部室を出ると、
「おーい」誰かが呼んで来る。「秋山文緒さん」
 見ると久住君が一人で突っ立っていた。
「久住君。どうしたの」
「違う違う」
 だけど久住君はぱたぱた手を振って見せる。もう片方の手に持った矢を差し出して、
「これ返しに来たんだ」



「あっ」と文緒は気付いた。
「祐介君?」
「うん」
 嬉しそうに祐介は頷き、矢を差し出す。矢尻を前にして。
「洗っておいたから大丈夫」
 ウィルスは付着していない。
「ありがとう……」
 文緒が矢尻を掴むと、祐介はサッと手を離した。まるで触れるのを恐れているように。
「いいの? 生徒じゃないのにこんな所で」
 今は放課後とはいえ、生徒はまだ残っている。
「制服着てれば大丈夫だよ」
 祐介は自分が着ている学園の制服を見下ろす。学園で年頃の少年が制服を着ていればまず怪しまれない。
「それにこの学園には俺そっくりな奴がいるんだろ?」
 久住君を知っている人がいれば間違いなく彼だと思うだろう。つまり祐介が蓮美台学園を出歩いても、誰も疑問に思わないのだ。久住本人以外は。または久住と鉢合わせでもしない限り。
 文緒はちょっと気になって、遠巻きにして彼の後ろを覗き込んだ。お尻を。
「着替えたから大丈夫だよ」
 お尻に穴は開いていない。
「じゃあこれで」
「待って!」
 去ろうとすると、文緒はハッとなって彼の腕を取る。手が触れた瞬間、
「触るな!」
 怒声がして、文緒はまたハッとなって手を離した。
「あ……ごめん。言ったろ。俺に触るとウィルスが伝染するって」
「ううん……。私こそ」
 バツの悪そうな顔で文緒は舌を俯いてしまう。もじもじと手を合わせ、
「あ、あのね……。お詫びしたいと思って」
「いいよ。悪いのは俺なんだから」
 マルバスの症状とはいえ夜の学園で暴れ回ったのは事実だ。
「駄目。それじゃ私の気が済まない」
 顔を上げた文緒はキリッとした表情で祐介を見る。見つめる。いつもの委員長の顔で。
「明日、またこの時間にここで。いい?」
「……来れるか分からないぜ」
 病室を抜け出して来たのだ。明日も抜け出せるか分からない。
「じゃあ、その時は明後日。祐介君が来るまでずっと待ってるから」
「来なかったらどうする気だ」
「来るまで待つ」
 そう言った文緒に、祐介はしばし唖然としてしまう。
「分かったよ」
「本当!?」
「ああ。期待しないで待ってろ」
 ぷいっと背を向け、今度こそ歩き出した。
「また明日。絶対だからね」
「ああ」
 歩きながら祐介の口元はニヤッと曲がっていた。どこか嬉しそうな笑み。

 ―この時代に来て、こんな事になるなんてな。

 文緒と離れ時計塔ち向かって歩いていると、
「久住くーん」
 呼び止められた。よく知った声に。
「あね……!」声を慌てて抑える。



「どうしたの?」
 赤毛のポニーテールの少女―天ヶ崎美琴は慌てて口を抑えた久住くんをきょとんと見上げる。
「い、いや……なんでもない(よりによって姉貴とかよ)」
 内心の動揺を悟られないように、祐介は顔を横に向ける。ちらっと横目で姉の姿を見ながら。
蓮美台学園の制服を着た姉の美琴はどこか新鮮だった。久しぶりに見たせいだろうか。
「久住くん……なんだか変だよ」
「い、いや……そんな、ことは、ない(姉貴まで間違ってる!?)」
 そんなに久住とか言うのとそっくりなのかと思う反面、どこか寂しさも感じてしまう。
一発で見抜かれても困るのだが。
「それで、何か」
「あ、うんとね。最近、久住くんによく似た人が夜になると学園で暴れてるんだって」
「あ、ああ……。そうみたいだな(そりゃ俺だ)」
「でね。もしかしたら……祐介じゃないかと思うの」
「ああ……えと、そうかもな(だから俺だー)」
 内心で突っ込みを入れながら、祐介は名乗り出たい衝動に駆られた。そして姉を力いっぱい抱きしめた。
 だがそれは出来ない。臨床試験でこの時代に来た意味が無くなる。
「ねえ……。もし祐介だったら……逢うことできないかな?」
 長いポニーを揺らし、美琴は切実に訴えかける。その寂しそうな瞳を見た瞬間、祐介は何もかも打ち明けたかった。
俺が祐介だと名乗りたかった。
 だがギリギリで踏み止まる。
「それって……夜の学園で捕まえるってこと?(俺を)」
「うん……」
「駄目だ。やめたほうがいい」
「どうして?」
 見上げた瞳は大きく震えている。祐介は胸がズキッと痛んだ。
「あね……お前をそんな危険に目に遭わせたくない。祐介なら、そう思うんじゃないかな」
「でも……」
「大丈夫。祐介はいつか逢えるよ」
「え?」
「それじゃ」
 もうこれ以上は耐えられなかった。
 背中を向け、祐介はダッと駆け出す。
「あっ。久住くん……」
 呼び止める声に脚が止まりそうになる。駄目だ、止まるな。走れ。
 走り去る祐介の目には涙が浮かんでいた。だから振り返らなかった。涙を見られたら祐介と名乗ってしまいそうで。

 翌日の放課後。
 祐介はずっと悩んでいた。文緒との約束を守るかどうか。
 行けば、また姉貴と鉢合わせするかもしれない。自分そっくりという久住とも。
それにウィルスの事も有る。未来においても誰も治せなかった伝染病だ。この時代の人間に感染させるわけにはいかない。
 いろいろ考えて―
 結局、祐介は病室を抜け出して、逢いに行った。
 頭に文緒の泣き顔が浮かんだからだ。姉貴の切ない瞳を見たからかもしれない。
「何をやってるんだ……。俺は」自分でもそう思う。



「あっ。来てくれたんだ」
 放課後の弓道部部室の前。文緒は約束通り待っていた。
「久住君……じゃないよね?」
「祐介だよ」
 軽く手を振って見せると、文緒はよしよしと頷く。何故かそれが祐介には嬉しかった。
待っててくれる人がいるのが。自分を知ってる人がいるのが。
 その顔が姉の美琴に重なる。一緒に暮らした五年間。姉貴はいつも側にいてくれた。
「じゃ、行こうか」
「どこに?」
「カラオケ」
「帰るぞ」
 人が集まる場所に行けるわけがない。
「ごめん、冗談よ」
 ぺろっと舌を出して文緒はバスケットを持ち上げる。それは他の人には見せた事が無い表情だった。

 文緒が連れて来たのは学園の屋上だった。
 屋上だというのに、ベンチがあり花が植えてある。ここも生徒の憩いの場だ。
 バスケットを挟んで祐介と文緒はベンチの両端に座る。あんまり近付くと祐介が嫌がるからだ。
それに二人は恋人でも何でもない。全く関係ない赤の他人。
「はい。これ私が作ってきたんだよ」
 バスケットを開けるとサンドイッチが入っていた。
「お。ぱにーに」
 祐介君は何を言ってるんでしょう?
 それに魔法瓶の暖かいコーヒーを紙コップに入れて差し出す。
「はい。紙コップならいいでしょ。後でちゃんと捨てるから」
「ん……」
 受け取ったコーヒーを一口飲む。
「美味しい?」
「うん……。先生のとは違うけど美味しい」
「先生?」
「俺の……主治医みたいなもん。いつもコーヒー出してくれる」
「ふーん」
 ふと頭に保険医の先生がよぎった。
「ねえ。その先生って美人?」
「うん? 美人といえば美人かな」
「よかったわね。美人の先生で」
「そうだな……。まあ病人なんだけど」
「ごめんなさい」
 咄嗟に文緒は謝った。病気になって「よかった」はない。なんてデリカシーがないんだろう。
「いいよ」
 言って祐介はサンドイッチを手に取ると一気に頬張った。
「ひょいしーひぃーしー」
 ほっぱたを膨らませ、文緒と反対側を向いて言う。文緒を向かないのは唾が飛ぶのをさけるため。
 何故かそれがおかしくて「ぷっ」と吹きだしてしまった。
「秋山さんは食べないのか?」
「文緒でいいって」
 文緒はコーヒーを入れた紙コップを手に取り、
「全部祐介くんに作ったから。あんまり上手じゃないけど……」
「いや美味しいって。でも、俺が来なかったらどうする気だったんだよ」
「その時は……どうしよう?」



 てへっと笑う文緒に祐介も苦笑する。
「あっ」と文緒は声を出した。
「なんか付いてる?」
「ううん」
 笑って文緒は誤魔化す。
 祐介君、あんな顔で笑うんだ。そう思っただけ。なのに胸が高鳴る。

 ぱくぱく

「ごちそーさん」
「ふふ。お粗末様」
 サンドイッチを食べ終わり、祐介はふーとベンチに背もたれる。空は赤くなっていた。
その横顔を文緒はニコニコと上機嫌で眺めていた。
「何かイイことあったか」
「あったよ」
「何?」
「祐介君が会いに来てくれた。サンドイッチ全部食べてくれた」
 ぷいっと祐介は横を向く。照れ隠しだ。
「あーあ。私が藤枝さんぐらい料理上手ければな、いろいろ作ってあげられるのに」
「藤枝?」
 その何ビクッと祐介は反応する。
「保奈美のことか?」
「そうだよ。祐介くん、藤枝さん知ってるの?」
「いや……」

 最近よく夢や幻想を見る。
 その中で自分は「久住君」「直樹」「なおくん」と呼ばれていた。そして「なおくん」と呼ぶのが保奈美。
いつも起こしてくれる優しい幼馴染。そして美人の恋人。
 彼女との初体験までも鮮明に夢見てしまった。リアルなほどに。起きたら当然、夢精していた。
 それはこの学園にいる久住直樹の記憶じゃないかと思うようになっていた。
 だがそんなこと言えるわけがない。
 そういえば……こんも女もよく出てくる。

「なあ。文緒は委員長なのか?」
 夢の中では文緒は委員長だった。真面目で堅苦しい。
「うん、そうだけど……なんで知ってるの?」
 そんなことまで話したことはない。
「そんな気がしてな」
 ベンチから立ち上がって、フェンスに寄りかかった祐介はグランドを見下ろす。
ほとんどの生徒は下校して、ほとんど人の姿は見えない。
「いいよな。恐れるものも絶望も、なにもない時代だ。……俺は、こんな所にきてなにをしているんだ」
「祐介君?」
 そう言った祐介はとても寂しそうな瞳をしていて。
 文緒は何も言えず黙り込んでしまった。

 まただ。
 また寂しい瞳。
 ねえ、どうしてそんな顔をするの?
 笑ってよ。さっきみたいに。
 あなたがそんな顔すると……。



 文緒もベンチから立ち上がり、祐介の隣に立つ。と、祐介が一歩横にずれた。
まるで俺に近付くなと無言で示しているようで。
 ちょっと離れた距離を保って、祐介が口を開いた。
「もう帰らなくていいのか? 家族とか……心配するんじゃ」
「大丈夫。私、寮にいるから」
「寮?」
「うん。学園のすぐ近く」
 それからクスッと文緒は笑う。
「何でも知ってるようで……そんな事は知らないんだね」
「何でも知ってると思われても困るな。本当は何も知らないんだから」
「祐介君は? 家族は」
「姉貴がいるよ」
「お姉さんがいるんだ」
「ああ。お父さんとお母さんは伝染病で死んだ。今俺が掛かってるのと同じ」
「ごめんなさい……」
「いいさ」
 家族と一緒に過ごした五年間。それは祐介にとって忘れてはならない思い出だ。
望んで姉貴と離れ離れになったがその想いは忘れていない。
 しばしの沈黙の後、文緒は思い切って聞いてみた。
「お姉さんは、今どうしてるの?」
「……さあ、な。元気なことは確かだよ」
 この学園にいるのは言えなかった。
 そういえば、久住直樹の夢にも姉は出て来た。相変わらず元気そうで安心した。
「あ、久住君と藤枝さん」
 文緒が見下ろす先で、自転車に二人乗りした久住君と藤枝さんが下校していく。
「仲良いんだな」
「そうね」
 幼馴染カップルを見下ろし、赤の他人の二人は語らい続ける。夕闇に染まる屋上で。
「ねえ。祐介君は好きな人とかいないの?」
「いるよ」
 ギュッ、と胸が凍りつく。
「姉貴」
 そしてホッとなった。
「もう。シスコン」
「文緒は?」
「私?」文緒は手をぱたぱた振って、「いない、いない」
「そっか。俺がこんな体じゃなかったら、アタックしてたのに」
 ドキッ、と今度は胸が高鳴った。
「もう。そんな調子いいこと言って」
「ほんとほんと」
「それじゃあ。祐介君が元気になったら、退院祝いに何でも聞いてあげる」
「……退院、ねえ」
 考えたこともなかった。全快したらどうするかなんて。
 漠然と姉貴と一緒の生活を想像していたが……それから先は何もない。
「俺……これからどうなるんだろうな」
 自分の手を見つめてそんなことを思う。
 勝手に未来は無いと思い込み、諦めていた。
 でも、と思う。
 文緒といる未来も悪くない。
 びゅー、と風が吹き、二人の短い髪を揺らす。冷たい風だった。
「送ってくよ、近いんだろ」
「うん……」



 寮までの短い道のり。
 祐介と文緒は終始無言だった。
 何故か文緒はカーッと顔を赤くしている。
 そしてすぐに寮の前まで付いた。
「じゃあな」
「待って」
 背中を向ける祐介に文緒は声を掛ける。何て? 咄嗟に後が続かない。
 それでも踏みとどまり祐介は振り返った。
 とても寂しそうなあの瞳で。
 その顔を見た途端、文緒はぽろぽろと涙がこぼれた。
「なんで……泣いてるんだよ」
「だって。だって」
 どうして泣いてるのか。自分でも分からない。
 ただ祐介君が可哀想だとか、同情でもなかった。いや、その気持ちもあったが。
「死んだら……駄目だよ」
「え?」
「死んだら駄目なんだからね」
 ぽろぽろ泣きながら、そんな言葉が口を出る。何を言ってるか自分でもよく分からない。
「分かった」
 それでも祐介は言った。分かったと。
「生きてみるよ。どこまでか分からないけど」
「祐介、君」
 流れる涙が口に入り込む。しょっぱい。
「だからもう泣くな。こっちまで……」
 泣きたくなる、とは続けられなかった。胸が熱くなって。
「また……会える?」
「約束は、出来ない」
「待ってるよ。私」
「待たれても困るんだが」
「いいよ。私が勝手に待ってるから」
 背中を向け、今度こそ祐介は走り出した。しっかりした足取りで。
「待ってるからね……」
 その背中に小さな声で呼びかけ、文緒も寮の中に駆け込んだ。そして自室に飛び込むと、ベッドに顔を埋め、声を出して泣いてしまう。
 
 どうして泣くのか。
 文緒は自分でも分からなかった。

 それからしばらくは祐介は現れなかった。

 そしてある日の放課後。
「久住君、具合でも悪いの?」
 カフェテラスのテーブルに突っ伏している久住君に、通りかかった文緒は声をかけた。
「ん? あ、いや」
 顔を上げた久住君はぼんやりした顔をしていた。最近はいつもどこか具合悪そうな顔をしている。

(祐介君じゃないんだ……)

 何故か勝手にガッカリする自分に気付き、文緒は自己嫌悪してしまう。
 逢いたいよぉ……祐介君。
 何故だろう。
 最近は彼の事を考えるだけで胸がキュンと鳴る。



 その日は唐突にやって来た。
「よう。文緒」
 弓道部が終わって部室を出ると、気軽に呼び止められる。
 あまりにも自然だったので文緒は最初、久住君だと思った。
「久住君どうしたの?」
「違う違う」
 ぱたぱたと手を振る彼。
「祐介……祐介君!?」
「ああ」
 駆け寄って、思わず抱きつきそうになってしまう。その勢いに祐介は一歩引いてしまった。
「そのまま聞いて」
 相変わらず距離を保ったまま、祐介は話してくる。
「俺さ。ひょっとしたらここから居なくなるかもしれないんだ」
「えっ?」
「ああ、心配すんな。死ぬとかじゃないから」
「居なくなるって……どこに?」
「元居た場所に戻るだけだ、もしかしたら、だけど」
「お家に帰るの?」
「かもな」
 祐介の話は「かも」「もしかしたら」ばっかりで少しも要領を得ない。
 だけど何となく文緒には分かった。彼がどこか遠い所に行くかもしれないと。
「それじゃ……これで」
「待って!」
 待たなかった。彼の背中がどんどん遠ざかる。
「言ったろ。約束は出来ない」
 ただそれだけ言い残して、祐介は去っていった。
 文緒はその場にぺたんとへたれ込み―
 顔を覆って泣いた。
 どうして泣くのか。やはり分からなかった。

 時計塔に向かいながら祐介は思い出す。今までの文緒との思い出。
いや思い出と呼ぶにはあまりにも短い記憶。直樹と保奈美の結びつきに比べればあまりに薄い。
 それでも、と祐介は想う。

 ―忘れてたまるか。
 この身体も、瞳も、優しさも、愛情も…!

 そして天ヶ崎祐介は久住直樹との融合実験に臨む。
 例えどのような結果になろうと、後悔はしないとお互いに決めて。

 そして―

「文緒」
 弓道部が終わって帰ろうとすると部室の前で呼び止められ、文緒はついビクッと震えてしまった。
「久住君……なに?」
「違う違う」
 ぱたぱたと手を振る。それで気付いた。
「祐介君!?」
「うん」
 ぱっと文緒の顔が輝く。そして曇った。涙で。
「馬鹿ぁ……あんなこと言うから心配しちゃったじゃない」
「悪い」
 あれから数日が過ぎていた。



「今日は、い…文緒にお別れを言いにさ」
「え?」
「実は俺、病気が治ったんだ」
「本当!?」
「本当」
 言うと自分から近付いて、文緒の手をしっかりと握る。
「ほら。だからこうして触っても大丈夫」
 祐介君の手は、とても暖かくて大きくて。
 滲んだ目から涙が一筋落ちた。
「ほら。泣くなよ」
 頬に手を伸ばして、祐介はその涙を拭った。
「う、うん……おめでとう」
 そうだ。病気は治ったんだ。
 彼はもう死ぬことはない。だから喜ばないと。
「お、おめでとう!」
 泣いた顔で笑う。
「ありがとう」
 祐介は屈託の無い顔で笑う。もうその瞳に寂しさは無かった。
「あっ、そうだ。だったら退院祝いの約束しないと」
「へ?」
「言ったじゃない。退院したら何でも言う事聞くって」
「そうだっけ?」
「そうよ。ほら何でも言って。あ、でも、あんまり無茶なのはダメよ」
「いいよ別に」
「よくないって。ほら言って」
「じゃあ……」
 祐介はちょっと考えて、ニヤッと笑う。イタズラを思いついた子供の顔だ。
「結婚してくれ」
「うん……いいよ」
 あっさり即答するもんだから、逆に祐介がガクッとなってしまった。
「いや、真に受けなくていいから」
「えー冗談だったの? ショック」
 ぷいっと横を向いて傷付いた振り。
 
 ―委員長、祐介の前だと違うな。

「何か言った?」
「い、いや、何も……」
「そうだ。カラオケ行って一晩中歌うとか」
「却下」
 あんまり外には出たくない。保奈美に見付かるとややこしいから。
「あ、そうだ」
 ぽんと手を打って、祐介は弓道部の部室を指差し、
「文緒、弓道部だろ。弓矢射るとこ見せてくれよ」
「いいの? そんなので」
「イイ、イイ。最高。ブラボー」
「それじゃ……特別に」

 弓道部の練習場にはもう誰も残っていなかった。そこに弓道着姿の文緒がするすると出てくる。
「ブラボー」
「外野は静かに」
「はい」
 正座して待っていた祐介はシュンとうな垂れる。
 キリッとした表情で文緒は弓を構える。もう迷いは無い。
 シュッ、と放たれた矢は正確に的の中心に当たった。



「おおっ」
 思わず目を奪われて見惚れ、パチオパチと拍手する祐介。
 文緒も今度は「えへへ」と照れ笑いど応えた。
 そして祐介の横にちょこんと脚を横にして座る。短い髪が触れるぐらい近く。
「退院おめでとう」
「ん。ありがと」
 ふと文緒の髪から柔らかな香りが漂い、祐介はドキッと胸が高鳴った。
「ねえ。これからどうするの?」
「これから?」
「うん」
「そうだな……」
 祐介は文緒の革当てに覆われた胸元をちらっと覗き込みながら、
「とりあえず……喰い歩きでもするか」
「はは。何それ」
「姉貴が食べ物好きだから」
 食べ物が嫌いな人も珍しい。
「そっか……。お姉さんにはもう言った?」
「ああ。喜んでくれたよ」
「そっか……」
 そっ、と文緒の頭が祐介の肩に掛かる。
「お、おい……」
 熱い重みを感じ、祐介は戸惑った。嫌な気分ではない。あまりに急だったもので。
「いいじゃない」
 このままで。
 文緒の体温を感じながら、祐介は思う。病気が治ったら、アレしようコレしようとは漠然と考えていた。
 
 でもそれも叶わない。

 だが後悔は無い。自分で決めた事だから。それに元に戻っただけだ。
「なあ……。文緒はこれからどうするんだ?」
「私?」
 祐介に頭を預け、ふと考える。
「今までと同じ」

 委員長やって。
 寮長やって。
 カラオケで歌って。
 弓道部やって。
 メガネをかけて。

 全部、祐介君の知らない私。
 でも。
 私も祐介君を何も知らない。
「俺の事……憶えててくれるか」

 忘れないよ。

「私の事……忘れないでよ」

 忘れない。

 二人はすぐ近くで見つめあう。
 祐介の瞳に文緒が映り、
 文緒の瞳に祐介が映る。



 その距離がだんだん近くなり―
 零になった。

 それは物理的には口の粘膜と粘膜が触れ合っただけだけど。
 一瞬でカッと体が熱くなり、ドキドキと高鳴る心音がどっちにも聞こえてしまいそう。
「あっ……」
 口を離し、文緒はカッと赤くなった頬に手を置く。熱い。
 見上げる祐介も恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
 胸にきゅっと手を置き……文緒は訴える。切実に。
「忘れないように……思い出をください」
 そして彼の胸に飛び込んだ。
 少女の想いを胸に受け止め―
 少年はまだ迷っていた。
「いいのか? 俺で」
「祐介君ならいい」

 ―ごめん。保奈美。

 今は祐介だから。

 ちゅっと今度は白いヘアバンドに接吻。
 布越しに熱い唇を感じ、文緒は顔を上げ、唇を突き出した。
 迷う事無く、口を重ねる。
 ちゅー、とお互いの口をしっかりと感じ―
 そのまま少年と少女は固まった。一つの像のように。

 どうしてだろう。
 キスして、抱き合うだけで、こんなに熱くなるのは。
 もううっすらと汗をかくほど、体温が高まる。

 熱い。
熱いよ祐介君。
 
 ぷはっ、と口を離し、潤んだ瞳を向け合う。
「あっ。待って」
 一端立ち上がった文緒は、するすると胸の革当てを取り、長い袴をするっと降ろす。
「実はね。ちょっと冒険してたんだ」
「ぐはっ」
 祐介は思わず唸った。その下は何も着ていなかった。上も下も。着替えの時に下着を取っていたのだろう。
 はだけた上着だけの姿で、文緒はニコッと微笑む。

「どうかしたんですか?」

 い、いや、あの。どうかしたって……。
 衝撃からよろよろと立ち直り、祐介は改めて文緒の艶姿を見た。
 脚はすらっと伸び、隠す事無く晒された割れ目は鮮やかな桃色で。うっすらと陰毛が控え目に生えていた。
腰はきゅっとくびれ、はだけた弓道着からは淡い乳房がこぼれている。
 発育途上の可愛らしい乳房。ぷるるんと弾力はよさそう。
 そして真っ赤に恥じ入る顔。
 ぎこちないその表情が、とても可愛くて。

 祐介はゆっくり立ち上がり、文緒を正面から抱きしめた。



 そっと弓道部の部室に横たえ、上から文緒の赤い顔を見下ろす。
「痛くない?」
「平気」
 ちゅっとキスすると、ビクンっと全身が震え、また熱くなった。
 そのまま口を下に移し、白い首を吸う。
「ふあっ!?」
 ちゅーと強く吸い、赤いキスマークを残していった。思い出を刻むように。
 そして弓道着をバッと横にはだけ、二つの小さな盛り上がりを両手で包む。そっと。
「あっ……」
 潤んだ瞳に恍惚が浮かんだ。
 ぷにぷにと表面の柔らかさを確かめ、きゅっと掴む。
「んっ……」
 ちょっと痛い。でもそれ以上に気持ちいい、かも。
 胸に手を乗せたまま顔を下げ、ちゅっと指の隙間からはみ出した乳首にキス。
「……んっ……あ」
 思わず甘い吐息が漏れる。
 ちゅうちゅうと吸う祐介。胸に埋める祐介の頭を文緒はきゅっと抱きしめた。
「あっ……アッ……あっ……あ……ア……」
 小さな吐息は途切れる事なく漏れ出て行く。
 胸の奥がキュンと甘く疼き、自然に声が出て、身体が震えた。それを止める気もなく、止めようと思っても止められない。
 祐介が口を離すと、乳首はピンと固く尖っていた。

「感じてる?」
「もう……恥ずかしいんだから……」

 ふふっ、と祐介は苦笑い。さらに顔を下げ、文緒の両脚を広げさせた。文緒は抵抗なく、自分から両脚を広げて差し出す。
誰にも見せた事が無い秘所を。
「はぁ……はぁ……」
 見られている。それだけで熱くなり、汗が噴き出した。
 顔を寄せると、桃色の肉壷からは、甘い香りと汗の匂いがする。それさえも心地良い。
 祐介はちゅっと、肉の割れ目、女芯に口付け、ちゅっと吸う。

「アーっ!」

 甲高い声が弓道部に響き、白い脚が持ち上がった。
「あっ! アアアっ! ンアアアッ!!!」
 祐介がちゅっと吸うたび、白い体が床でのたうち、持ち上がった脚が揺れる。
 そして肉壷から溢れる蜜を、祐介は遠慮なく吸った。ずずっと音を立てて。
「だめっ! ダメー!!」
 まるで若鮎のように飛び跳ねる文緒。頭はもう真っ白でまともに思考が働かない。
 口を離した祐介は、そこがぐしょぐしょに濡れているのをはっきり確認した。

 ジャー。チャックを開く音に下を見れば、祐介君がズボンから肉の棒を取り出している。
 ビクンビクンと脈打つ男の象徴。

「可愛い♪」

 思わずそう呟いてしまう。赤い汗をかいた恍惚とした表情で。
 そしてしっかりと脚を開いて待ち受けた。
「来て」



 ああ、と祐介も汗をかいた顔で頷き、腰を割り込ませる。
「あっ! あああっ!!!」
 ぐに、ぐに、と肉が二つに裂けられ、そして祐介はとうとう文緒と一つになった。
「ああっ! 祐介君! 祐介君!!!」
「文緒っ! 文緒!!!」
 お互いを呼び合い、そして腰を振って高め合う。
 正常位で繋がったまま、しっかりと抱き合った。
 上を向いた文緒の脚が揺れ続け、そして繋がった腰が激しく回転していく。
「ああっ! ああうっ! はあぁんっ!」
 結合部からは一筋の血が流れていた。初めてだというのに、痛みはほとんど感じず、文緒はしっかりと祐介を感じていた。
 祐介もまた文雄を全身で感じる。彼女のナカはとても狭くて気持ちいい。
 愛する人との交わりがこんなにも気持ちいいなんて、想像もできなかった。
ただがむしゃらに腰を振り、膣肉を抉っていく。
「はああっ! アアアアアー!!!」
 胎内で暴れまわる肉棒が壷をかき回し、蜜液が溢れていく。
「祐介君! ああっ、祐介君ぅ!」
 文緒の口が切なく祐介を求める。
「ああ。ここにいるよ」
 その口に祐介は口を重ねた。
 上と下の口が一つになった瞬間、同時に真っ白な閃光が頭に起こる。
「んんーっ!」
 きゅっと締め付けられ、やばいと本能で悟って祐介は腰を引こうとした。
だが文緒の脚が腰に絡みつき、離さない。背中にも両手がしがみつく。
「くっ!」
 ダメだ! と思ったがもう遅い。

 ドクン……ドクン…ドクン

 爛れた膣内に熱い熱い精液が降り注いでいく……。命の子種が。
「んんーっ!!!」
 キスしながら、文緒はぎゅーと祐介にしがみつき―
 そして脱力した。
「はぁー」
 口を離し、射精した祐介も脱力する。そしてハッとなって腰を引いた。
 だらっと結合部から白濁液が漏れる。
「ご、ごめん……」
「どうして?」謝るの。
「いや……ナカで出しちゃって」
 クスクスと文緒は笑った。
「いいよ。出来たら一人で育てるから」
「そういう問題じゃ……」
「ごめんね。迷惑だった」
「いいや」
 ちゅっ、とキス。絶頂の余韻に浸っていた火照った体が震える。
「最高、だったよ」
「うん。私も」
 二人は顔を見合わせ、笑い、抱き合い、そして泣いた。

 身支度を整えると、祐介から先に弓道部を出る。
「それじゃ。さようなら文緒」
「さようなら。祐介君」
 別れは笑顔で。泣きながら。
 離れていく背中を文緒はいつまでも見つめていた。
 見えなくなっても。泣きながら、いつまでも。



 外に出るとすっかり夜だった。
「これでいいいんだよな。祐介」
 夜空を見上げ、久住直樹は言う。己の中の祐介に。

 それから数ヶ月。
 いつもの日常が続いていく。
 いつものように登校して、いつものように授業を受ける毎日。
 その日の朝も、文緒は早めに登校して、ぼんやりと外を見ていた。
 遅刻間際になって、自転車で駆け込む、久住君と藤枝さんの姿が見える。

 チク

 お腹が痛む。
「あ、あれ?」
 何故か胸が痛み、文緒は机に突っ伏しす。涙が出て来た。
「委員長? どうしたの委員長?」
 心配になって同級生が声をかける。
 痛い。お腹が、胸の奥が。
 涙が止まらない。
 どうしてこんなに……
「ねえ誰か。委員長が!」
 その声を聞きながら文緒は思った。そういえば彼は「委員長」とは呼ばなかったな、と。

 それから―
 病院で検査を受けた文緒は自分が妊娠していることを知らされた。

(おしまい)