2-597 名前: 神楽スキー [sage] 投稿日: 2006/10/26(木) 19:25:46 ID:N0Ce8851

ハァ・・・・
自室で灯りもつけずベッドに腰掛けて一人、銀の姫君は悲しげに新緑の瞳を揺らし、深い溜息をついた。

――――達哉―――――

心の中でしか特別な想いを込めて呟く事しか出来ない少年の名。
月が静かにそんな室内を照らし出し、夜も徐々に更けていく。

――――達哉―――――

もう一度想いを込めてそっとその小さな胸の内で呟いてみる。
トクン・・・・想いが優しくそして切なげに鼓動を叩き、自己の存在を主張する。

「・・・・・っ、駄目・・・・」

思わず溢れ出しそうになる言葉と想いを止めるように白い手袋に包まれた手をきつく握り、ドレスの胸元に押し当てる。

幼い頃・・・・父に連れられ初めて訪れた地球で遊んだ少年。
悲しい別れをした初恋。なのに自分は愚かにもまた恋をしてしまった。しかも同じ少年である彼に・・・・

誰にも告げる事が、達哉自身にさえ告げることの出来ない禁じられた想い。

同じ屋根の下にいるのに・・・・
同じ時を共有し、同じ学舎で学び、同じ喜びを分かち合えるのに・・・・なのにこんなにも自分と少年との距離は遠い。
達哉に手伝ってもらったと嬉しげに語るミアが羨ましい。
達哉となんの遠慮もなく言い合え諠譁が出来る菜月が羨ましい。

暗い部屋の中を青い月の光が射し込み、フィーナの銀の髪を幻想的に輝かせる。
そっと、胸元にきつく押し当てた手を緩め、ドレスを飾る蒼い石・・・・先代の女王である母の形見の石を掴み外した。

「・・・・母様」

ポツリと呟く。蒼い石は月の光りを優しく映し、フィーナの新緑の瞳を照らす。

「これで・・・・いいんですよね?」

母の形見は何も語らない。
トクン・・・・鼓動が悲しげに淋しげにまた、自分の胸の内を叩く・・・・

――――私は――――

蒼い石をもう一度胸へと押し当てる。

「・・・・・んっ!」

小さく・・・・本当に小さく柔らかい胸の膨らみの内が疼いた。

――――え・・・・?――――

驚いたようにそのエメラルドグリーンの瞳を見開き、自身の胸を見下ろす。

――――なに・・・・?今の?――――

もう一度、恐る恐るその手を胸に押し付けてみた。

「は・・・・んっ・・・・」



先ほどよりもやや強い疼きが湧き上がり、きゅっと手を握り締め、思わずその身を縮込める。
月の王国の姫として厳しい教育を受け育ったフィーナは知識としては知っていても、その感覚も欲求もまるで未知の物だった。
幼い想いは性欲まで高まる事は無く。美しく成長した今日まで他の恋を知らずに育った純粋な姫は自分の身体を慰めた事すらない。

「わたし・・・・?」

ふと、地球の学校での級友とのやり取りを思い浮かべる。

『私だってうら若き乙女だもの。切ないこの胸の内を持て余して一人悶々と夜を過ごす事くらいあるのよ――――』

翠と呼ばれる少女が女性とだけの席で言っていた言葉だ。
周りの少女は苦笑し、あるものはフィーナ姫の前で慌ててはいたが。自分はそんなものかと聞いていたものだけど・・・・

――――これが・・・・・そうなの・・・・?――――

「ん・・・・くっ・・・・」

胸に押し当てた手をそっと動かすだけで湧き上がるもどかしい感覚。
思わず美しい唇の端から甘く切ない吐息が漏れる。

――――私・・・・いけない・・・・こんな事――――

未だそれを快感と認識できないが、本能的な乙女の直感がそれを「いけない事」と恥じらい、忌避した。
しかし認識してしまった想い、押し込め封じた切ない恋心が、一人の女として美しく成長したフィーナの身体を目覚めさせてしまう。

「わ、私・・・・あっ、だ・・・・めっ!」

意図せず揺れた手が霞める様にドレスの青い布地の上から胸の頂に触れ、桁を一個違えて迸った甘い電流が背筋を駆け上がって脳裏を痺れさせた。
反射的に身を屈め、ぎゅっと何かを必死に耐えるように目を閉じる。

『フィーナ・・・・』

しかし、それは良策ではなかった。
目を閉じてしまった事により、心の内と眼瞼の裏に無意識に浮かぶ想い人の少年に優しく甘く囁かれてしまい、心の内にまで熱い炎を灯されてしまう。
健康的に成熟した身体の芯と純粋な心の内から焦がす甘い微熱に浮かされるフィーナ。

――――た、達哉・・・・だ、駄目よ――――

何が駄目なのかさえ判らない。
普段冷静なフィーナの精神は、自分自身が追い込んでしまった想いが暴れ出し、溢れ出し、軽いパニックに陥ってしまう。

「はっ・・・・ん・・・・やぁ・・・・」

もはや胸を緩やかに揺する自身の手を止める事も出来ない。
それどころかもっと激しく、もっと別の場所をと囁く声がフィーナの胸の内に沸きあがる。

――――べ、別の・・・・場所・・・・?――――

思わず浮かんだ言葉に顔を上げる。
いつの間にかもじもじと揺れ、丈の長いスカートの中で切なげにすり合う膝がぼやけるフィーナの視界に入る。

「ち、違っ・・・・・んっ!」

意識した途端・・・・ズクン・・・・腰の奥深い場所で熱く重い何かが疼いた。

「んっ・・・・くぅっ・・・・」

膝が揺れ、太ももが擦り合うだけで微かに迸る淫らな感覚。



『フィーナ・・・・』
「た、達哉ぁ・・・・」

心の内で囁く想い人に思わず焦って甘い声で請い願う。自分をこれ以上惑わさないで、自分にこれ以上優しく囁かないで・・・・
しかし、それ以上言葉に出来ない。何故ならフィーナ自身が一番それを願ってしまっているから・・・・

「い、いけない!」

フィーナは誘惑に負けまいと焦っていた。
スカートとそれを覆う青いドレスの上衣の上から、切ない疼きを止めようと自身の中心を白い手袋に包まれた指先で押さえ込む。

クチュ・・・・

「あうっ!!」

無駄だった・・・・それどころかそれは自殺行為に近い。
そこから迸った鮮烈な快美感にフィーナは打ちのめされ、身を仰け反らせベッドの上に背中から倒れこむ。

ギシリ・・・・

羽根の様に軽いフィーナの身体を受け止め、ベッドが軽く軋んだ。

「はっ・・・・はっ・・・・」

――――い、今・・・・何が・・・・?――――

軽い絶頂に曝され、荒い息を吐いて脱力し、胸と大事なところを押さえたまま呆然と天井を眺めるフィーナ・・・・。
自分が軽くイッた事にさえ気付けない。

「・・・・私・・・・」

自分の行為を恥じる。閉じられた眼瞼の端から銀色の雫が頬を伝い落ち、ベッドのシーツを濡らした。

ギイッ・・・・

しかし、その悲しみに耽る暇さえなく。部屋のドアが軋んで開く音にフィーナの顔が蒼ざめ、慌ててベッドから身を起こす。

「フィーナ・・・・」

幻想でも心の中でもない本当の想い人の声がフィーナの耳に響く。

「た、達哉・・・・」

その気まずげな顔に最悪の予感がフィーナの脳裏に走る。

――――ま、まさか・・・・聞かれた?――――

冷たく濡れたショーツの感覚、赤く紅潮した頬と乱れた吐息が、先ほどまで自身が繰り広げていた恥ずかしい行為を否応無くフィーナに自覚させる。

「ひ、酷い・・・・」

頬を赤らめ想い人の視線から逃げるように顔を逸らす。ベッドに倒れこむと大きな枕に顔を埋めた。

「あ、その・・・・フィーナ・・・・俺」
「言わないで・・・・」

恥ずかしいなどというものではない。死にたかった。
間違いない聞かれただろう・・・・自分の恥ずかしい喘ぎを、自分が行為の最中に甘い声で達哉の名を呼んでしまった事を・・・・



「フィーナ・・・・」
「出て行って・・・・」

戸惑いの宿る、しかし自分が恋した優しい声。それを枕から顔も上げずに硬く冷たい声で拒絶する。
知られてしまった・・・・自分の知られてはいけない想いを、しかもこんな最悪の形で・・・・
いやらしい女だと思われただろうか? 淫らな姫だと嫌われただろうか?

バタン

ドアの閉まる音・・・・達哉が出て行ったのだろう。

――――これでいいのよ――――

月の王国の姫としての自分が、甘く切ない恋のあっけない終焉に泣き叫ぶ少女としてのフィーナを冷静に諭す。

――――これで忘れられる。これで――――

ギシッ・・・・
ベッドが誰かの重みで沈みこみ、軋んだ音を上げた。
月の明かりを誰かの声が遮り、自分の頭の上に影を落とす。

――――・・・・・え?――――

「フィーナ・・・・」

間近に感じる人の気配と熱、そして囁かれる想い人の声にうつ伏せるフィーナの背中が小さく震えた。

――――達・・・・哉?――――

すぐ傍にいる少年の顔を怖くて振り返ることが出来ない。

トクン・・・・トクン・・・・

怖くて、不安で・・・・
なのに達哉が傍にいるだけで先ほどまでアレだけ苦しさを訴えかけていた鼓動が、優しく胸を打つ。

――――なんて現金なんだろう・・・・私――――

「フィーナ・・・・」

もう一度優しく囁かれる

――――もっと呼んで欲しい。もっと甘く・・・・優しく呼んで・・・達哉――――

「こっちを向いて・・・・フィーナ」

その心の声が届いたかのように、優しく呼びかける達哉の指がフィーナの美しい銀の髪をすくい、流れるように指を通し癖のない髪を撫で付ける。



「・・・・・・達哉」

恐る恐る振り向いて自分を仰ぎ見る涙に濡れた緑の瞳。少年は安心させえる様に、フィーナの大好きな優しい微笑みを浮かべる。

「達哉・・・・?どうして・・・・」

いつも落ち着いた月の王国の姫としてのフィーナ。
そのフィーナの達哉藻フィーナ自身さえはじめて知る表情。
不安に揺れ、濡れた緑の瞳を覗き込むと、その指で優しく目に浮かぶ涙を拭ってあげる。

「女の子に恥をかかせたまま逃げるほど俺は最低の男にはなれないよ・・・・」
「で、でも・・・・」

戸惑い呟くフィーナの薄い唇に人差し指を押し当てて言葉を遮り、達哉はそっと顔を近づける。

「た、達哉・・・・?」

視界に大きくなっていく想い人の端正な顔に胸を高鳴らせながら銀の少女が震える声をあげる。

「好きだよ・・・・フィーナ」

トクン・・・・
少女の胸の内で小さな鼓動が跳ねる。

「う、嘘・・・・」
「嘘は酷いよ、フィーナ」

苦笑する優しい瞳がなおも近づき、高まる鼓動と期待に胸が苦しい。

「だ、駄目・・・・た、達哉・・・・」

言葉だけの儚い抵抗・・・・これ以上踏み込んだらもう自分は逃げられない。
この少年に完全に捕まってしまう・・・・フィーナは直感する。脅えた目を揺らし理性と意思を総動員して必死に想いを留めようと足掻き・・・やがて静かに動きを止め目を閉じた。

逃げない、抵抗しないフィーナを確認してからゆっくりと重ねられる唇。
月の青い光の差し込む部屋の中、月の姫君は想い人の心を確かに受け取った。

閉じられた目の端から・・・・今度こそ歓喜の涙が、いまだ悲しみに濡れた跡の残る頬を伝って落ちた。