2-278 名前: 入れ代わり朝霧家 [sage] 投稿日: 2006/10/07(土) 22:16:48 ID:l1tDx1/Y

「いや〜それにしても…フィーナとミアの『入れ替わり姫』は笑わせてもらったよ」
「もう…達哉ったら、意地悪ね…」
「恥ずかしいです――…」

 左門での夕食も終わり、まったりと余韻に浸っている朝霧家の面々…
話題は先日麻衣の誕生日に披露されたフィーナとミアの二人劇になっていた。

「うんうん、ミアちゃんったらこぉ〜ん目をして『更迭だ!』とか言っちゃって…」
「あうう…麻衣さん酷いですぅ」
「あはは、それだけミアの演技が真に迫ってたって事だよ」
「達哉さんまで〜あうぁぅぅ…」

 既に煮詰まったゆでダコ状態のミアがあまりにも可愛らしくてついからかい口調になってしまう。
するとフィーナが何かを思い出したように

「うふふ…でもミアが本気で怒ったときは、あれ位では済まないわよ、達哉」
「ひ、姫様ぁ〜…」
「ミアが怒ったら、カレンより怖いのよ…ふふ…」
「あうぅ…あれはですね…その…」

 …意外だ…ミアが――フィーナを…?
 う〜ん…詳しく聞いてみたい気もするが、どうもその話題は二人にとってはかなり大事な話のようだし…
そんな思案にくれている俺に、何とか話題を逸らそうとミアが話しかけてくる。



「あ、あのですね…そもそも『入れ代わり姫』のお話は月の王族・貴族に伝わる古い風習が元なんです…」
「へえ、そうなんだ…ソレってどんな風習?」

 必死に話題を逸らそうとするミアがおかしくて、つい意地悪しそうになったが
流石に少し可哀想なので話に乗ってみると、安心したような表情で話を続けてくる。

「は、はい…いまでは廃れてしまいましたけど月には昔、主君と従者が一日だけ
その立場を入れ替える日があったんです」
「ふ〜ん…何でそんな風習があったんだろ?」

 なんとなく思いついた疑問に、ミアでなくフィーナが答える

「それは、お互いの仕事の厳しさを理解して自分の仕事に戻った時の励みにすることと
立場を変えることで自分の姿を客観的に捉える為ね…」

 なるほど、関係を逆転させる事でお互いの在り様を確認し合う――
そういうちょっとしたお祭りみたいなイベントにも、緊張感のある健全な主従関係を築く
意味が隠されてるって事か…

「でも…最近は廃れてしまって、こんなお芝居の中にだけその名残が残ってるだけなんです…」
「面白そうなイベントなのにね…」
「はい、母様の話だとセフィリア様はこのイベントが大好きで、戴冠なされる前は
よく母様と入れ代わっていらしたそうですよ」
「まあ、お母様が…」
「…もっとも、セフィリア様は母様にお姫様の格好をさせたり、従者の服を着て
町に繰り出すのが楽しみだったみたいなのですけど…」
「えっ…?」

 高潔で厳粛なイメージがある、月の女王様の意外とお茶目な過去にフィーナですら呆気に取られていた。
もっとも、姉さんやミアはセフィリア女王のそんな素顔をある程度は知っているみたいだったが、
それはフィーナにしてみればあまり面白い事ではないらしく、しばし難しいカオで思案に耽っている…



「――決めたわ…」
「えっ…何を?」
「明日は特別に『入れ代わりの日』にするわ。ミア、明日は貴方が1日、私の主君になるのよ」
「ええぇっ!?」

 う〜ん…なんとなく予想は出来たけど、フィーナはセフィリア女王の事が絡むと
目の色が変わるっていうか…なんていうか、母親の真似をしたがる幼子のような…

「面白そうね〜ねえ、フィーナ…どーせだったら私たちも混ぜて、みんな一緒にやらない?」
「あ、それいーかも♪」
「…そうね、こういうのは人数が多い方が楽しいかもしれないわね」

 フィーナの唐突な提案に菜月が上手くフォローを入れてくる…

「――っていうか、何でこんな時間に菜月がいるんだ…」
「しょうがないでしょう…父さんと兄さんがいきなり晩酌始めちゃったんだから…
ウチにいたら小間使いにされるのよ」
「まあ、あの二人が飲み始めたら長いからな…」
「菜月ちゃん、フィーナさん。こんな感じでくじ引き作ったんだけど…どうかな?」

 仕事が速いな、妹よ…
 だけど、数本の割り箸に書かれたその文字を見て俺は頭を抱えそうになる。

『姫さま』と『御付のメイド』があるのは当然として、
『左門の看板娘』と『可愛い妹』もツッコみたい気持ちはあるが、まあ許容範囲だ…
だがそこに『お兄ちゃん』と『イタリアンズ』まであると話は別だ…



――俺もメンツに入ってるのか?
そう問いかけようとした俺に『空気嫁』という女性陣の冷たい視線が突き刺さる。
そこはさておき、やはり最後のはツッコミのひとつくらいは入れておかないといけないだろう…

「麻衣…『イタリアンズ』って…――」
「イタリアンズだって朝霧家の家族だよ、やっぱりメンバーに入れないと」

でも『犬』だろ…
イヤ、まあ…朝霧家オンリーのパーティゲームならソレでもいいかもしれないが
フィーナも一緒だという事を忘れるな、妹よ…

「まあ、『イタリアンズ』まであるのね…うふふ、楽しみだわ…」

『犬』でもオッケーですか姫様…

「やっぱり、同じやるんだったら『姫様』がいいわね〜」
「ふふふ…そんなこと言って、菜月…ガッカリしても知らないわよ…」
「え〜、でも一度は経験してみたいよねお姫様って…」
「そ、そうですね…」
「まあ、ミアったら…言ってくれれば、いつでも代わってあげたのに…」
「ひ、姫様〜…苛めないで下さい〜」

 なんか普通に会話が進んでるけど『犬』が混ざってるんだぞ『犬』が…
盛り上がってるけど、その中の一人は確実に『犬』になるんだぞ、
フィーナに『メス犬』の役なんてやらしてみろ、間違いなく外交問題だぞぉっ!!

「もう!みんなダメじゃない」

 おお、さすが朝霧家の年長者にして家主、姉さんならきっと注意してくれると信じてたよ

「どーして私の役がないの?姉さん寂しいわ…」

――ぐあ…
忘れてた…この人が基本は天然キャラだということを…



「だってお姉ちゃん、明日もお仕事だし…」
「さすがに『王立博物館館長代理』は入れ代わるわけにはいかないし…」
「うう…わたしもフィーナ様の格好してみたかったのに…――」
「――ああぁっ、もう!みんな何言ってるんだよ、姉さんも!年甲斐もなく…
フィーナの格好に憧れる歳でもないだろ?そんなことよりもっと注意することが――」
「た・つ・や・く〜ん…姉さんいま、とぉ〜っても聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど〜…」
「え…えっ?」

 姉さんの笑顔が目の前に迫る。
『笑顔』…間違いなく『笑顔』だ…何故か強烈な圧力がかかる笑顔だが…

「別におかしくないわよね〜…私がフィーナ様の格好に憧れても…」
「そ、そうね…さやかなら…別におかしくはないわ…」

…初めて見たかも…フィーナが気圧されるところなんて――

そんな事はともかく、もう突っ切るしかないのか…
いい加減このツッコミ不在の空間に猛烈な疲労感を覚えてきた事だし…

確立は6分の1だ。
低くはないが必ずしもフィーナが『イタリアンズ』を引き当てるとは限らない
むしろジャンケン最弱王の菜月あたりが引き当てるかもしれないし…

「それじゃあ私から引かせてもらうわね…」

 さすがフィーナ、こういうときでも堂々と一番に名乗りを上げてくる。
彼女の白い指が麻衣の手に握られた割り箸を優雅な動作で一本引き抜いていく。
そこに書かれている『役』は…

「『御付のメイド』ですって…うふふ、明日は早起きして、みんなの朝ごはんの支度を
しないといけないわね…」

『メイド』を引き当てたフィーナが、どこか楽しそうな口調で明日の仕事の話をしてくる
まあ、『犬』よりは問題はないだろう…『メイド』ならセフィリア様もしてたみたいだし…

「じゃあ、次は私ね――あはは『お兄ちゃん』だって〜…達哉の役か――…」

 何故か真っ赤になっている菜月…イヤ、そんなことより――
俺、ひょっとして退路を断たれたのでは?



「やった――!『姫様』だよ――…」
「あわわ…大変です『左門の看板娘』なんて…」

 呆然としていた俺の横で麻衣が『姫』のミアが『看板娘』の役を引き当てる…
残っているのは確か…『可愛い妹』と『イタリアンズ』――

「じゃあ、あとはお兄ちゃんだね」

 俺の苦悩を知ってか知らずか…無邪気な笑顔で二本の割り箸を突き出してくる麻衣

「…なあ、もし俺が『妹』引き当てたらどうなるんだ…?」
「そおねえ…とりあえずリボンをつけてツインテールにして、ミニスカートとか履いてみたらどう?」

…履けるか、そんなモン…

「な、なあ…俺が『妹』引いたら『弟』の役でもいいだろ…?」
「達哉…ゲームは真剣にやらないと面白くないわ。私は明日1日、ミアになったつもりで
家事に励むつもりよ。だから達哉も『妹』引いたら麻衣になったつもりで一日を過ごさないと…」

 すごくいい台詞っぽいけど、薦めてるのは女装ですよ、姫様…っていうかみんななんで
そんな楽しそうなんだよ!

「さ、お兄ちゃん…」
「覚悟を決めて、スパっと選んじゃいなさい」
「くっ…」

 女性陣に煽られるように割り箸を引き抜く…
その手の中に書かれた文字は――

『イタリアンズ』――だった…