1-207 名前: 月影に身を隠し(続き) [sage] 投稿日: 2006/03/05(日) 23:20:54 ID:I8P0X5HZ

キーンコーンカーンコーン……
今日の授業が全て終わり、教室から生徒がはき出されていく。
「達哉、ちょっと」
「ん?どうした、フィーナ」
「実は……」
フィーナはこれから月大使館の方へ向かうらしい。
なんでも昼休み中にカレンさんから連絡があったとか。
どんな事情かまでは聞かないけど、俺の道具のせいじゃないよな。
「それじゃ、夕飯はこちらで済ませてくると思うからよろしく。
 あ、あとさやかも私たちと一緒になるかも知れないから」
「了解、後のことは任せていってらっしゃい」
フィーナは少し急ぎ足で教室を出ていった。
「達哉、フィーナは?」
「ああ菜月、フィーナはかくかくしかじかで行っちゃったよ」
「そっか。じゃあ私たちは帰ろっか」
こうして俺は菜月と帰路を共にした。

「ただいまー」
「あ、達哉さん、おかえりなさいませ」
玄関で掃除中のミアに出くわした。
「あれ、今って家の中はミアだけ?」
「はいそうですけど」
「ならいいや、ありがと。俺はもう少ししたらバイト行くから」
「わかりましたー」
この様子だとまだリースは戻ってきていないようだ。
うーん、また返しそびれてしまった。仕方が無い。
「そういえば、今日はフィーナと姉さん遅くなるらしいよ」
「はい、先ほど姫様からも連絡承りました」
「なら大丈夫だね、じゃ行ってくるよ」

カランカラン──
「いらっしゃ……なんだ達哉君か」
「なんだはないじゃないですか」
「ははは、細かいことは気にしない気にしない」
「まったく……それじゃ着替えてきます」
「おうタツ、今日もよろしく頼むぞ」
「はい」
バックヤードに入って左門の制服に着替える。
「あ……これ持ってきちゃったか」
着替えた服の中から透明になれる装置を取り出した。
「ま、ここなら誰も入ってこないし大丈夫だよな」
そう言ってロッカーに仕舞おうとする。
「達哉、どうしたのそれ?」
「うわっ?菜月!いつからそこに」
「ん?今入ってきたとこだけど……なーに後ろ手に隠してるのよ」
「いや、これはちょっと」
「えいっ」
「あ!」
素早く回り込んだ菜月が俺の手から装置を奪う。
「なにこれ、かわいいじゃない。どうしたの?」
「ああ、拾い物っていうかリースの……説明は後だ、とりあえず返して」
「へぇー、リースちゃんのかぁ。そういえば何か見た目より重いね」
菜月はジロジロと装置を眺め続ける。
「んじゃ返すよ、ほいっ」
「あっ、バカ!」
宙に舞った装置は放物線の頂上で静止し、光を放った。
「うわわわわわーーっ?!」
「くぅっ……!」
光が収まったのを確認すると同時に菜月の姿を探す。
しかし案の定菜月は既に目に見えなくなってしまっていた。



「菜月、落ち着いて俺の言うとおりにするんだっ」
まだ側に菜月がいるものと信じて声を掛ける。
「その装置が作動してしまうと30分くらいは姿と声が消えてしまうんだ。
 だから元に戻るまではここでじっとしてろ。いいな?
 おやっさんと仁さんには何とか言い繕っておくから」
側にあったペンでメモ用紙にOKと書かれた。
「それじゃあ行ってくるから、元に戻ったら装置は俺のロッカーに仕舞っといてくれ」
了解の合図だろうか、手の代わりに紙がヒラヒラと振られた。

「すいません少し遅くなりました」
「なぁにまだ客は来てないからな。それより、菜月はどこに行ったか知らんか?」
「えーと、何か急にお腹が痛くなったって言って家の方に走ってったような」
「はっはっは。まったくしょうがないなぁ」
「そういう事ならあいつが戻ってくるまでしっかり頼むぞ」
「は、はい」
そうこうしているうちに開店時間になった。
最初の30分ということで、いきなり混んでてんてこ舞いになることもなく、
何とか俺と仁さんでフロアをまかないきった。

時刻は6時過ぎ。徐々に客の入りが増え始めた頃に菜月が戻ってきた。
「はぁー、ひどい目にあった」
「よかった、ちゃんと戻ってきて」
「まったく開店前に何食べてお腹壊したんだい?」
「何も食べてなんかいないわよっ!」
スコーンっと早速しゃもじが仁さんの顔にめりこんだ。
「もう、何で達哉があんなもの持ってるのよ」
待機中に菜月が話しかけてくる。
「リースの落し物でさ、返すタイミングがなくって」
「もしかして……アレ使って学院で悪さしてないわよね?」
「ま、まさか?あっ、いらっしゃいませー」
菜月に最小限の説明をしたところで新しい客が来た。
「ちっ、逃げたか」
「仕事中に何喋ってたんだい」
「あ、兄さん」
「おーい、これ3番テーブル頼む」
「はーいっ」
「……まぁいいか」

そして何事もなく閉店時間を迎えた。
俺は菜月と二人でクローズの作業をする。
「あれ、そういえば仁さんは?」
「え?厨房の方にいないんならもう上がっちゃったのかな」
「よしっ、それじゃ俺たちもそろそろ上がろうか」
「そうね。お疲れさま」
先に着替えさせてもらうことになりバックヤードへ。
ガチャ、ドンッ
「うわっ?!」
「達哉、どうしたの?」
「い、いや、こっちがドアを引くのと同時に反対側からドアを押されたような」
「ふぅん。疲れてるんじゃない?」
「んー……否定はしないかな」
半笑いでロッカーを開けて服を着替えた。

「菜月っ、あの装置どこやったんだ?」
「へ?ズボンのポケットの中に入れといたはずだけど」
「いや、何も入ってないんだが」
「そっそんな、私は確かに入れたわよ!盗ったりなんて絶対しないんだから」
菜月の目は嘘を言ってはいないとわかった。
二人でロッカーの中や床など落ちてないか、くまなく探す。
しかし隅から隅まで探してみても、それは見つからなかった。



「まさか、兄さんが……?!」
「そんなっ……菜月、あの事話したのか?」
「う、ううんっ。だけど、その……私たちの話、聞かれてた……かも」
「それじゃあ……くっ!!」
「達哉っ!」
俺は居た堪れなくなって一気に荷物をまとめて店を飛び出した。
勢いよく玄関の扉を開ける。
靴が沢山揃っている……もうフィーナと姉さんは帰ってきてるのか?
急いでリビングの方へ回りこむ。
「た、ただいまっ!」
「あら達哉君、おかえりなさい」
「こんばんは、達哉さん。お邪魔しています」
リビングでは姉さんとカレンさんが晩酌をしていた。
既に顔が赤いので一杯やった後飲みなおしているのだろう。
そして周りにおかしな事が起きてないか慎重に見渡す。
「達哉さん、お帰りなさいませ。夕食の準備はまもなく──」
「ミアっ、フィーナはどこに?!」
「え、ええと、姫様は今はお風呂に……」
「そうかっ、サンキュ!」
俺は大急ぎで洗面所へと駆け込んだ。
戸一枚向こうからはシャワーの音だけが聞こえてくる。

仁さんならやりかねない……俺だってやったんだから、あの人なら必ずッッ!!
何の迷いもなく俺は戸を一気に開け放った。
「そこまでだ、さあ大人しく出て来いっ!」
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
フィーナの絶叫が風呂場に響き渡る。
そしてリビングの方から多くの足音がこちらに向かってきた。
「た、達哉君っ?一体何してるのっ!!」
「ひひひ姫様ぁぁ、お気を確かに!」
「達哉さん、これはどういうことでしょうか?詳しく説明願いたい」
「いや、違うんだ。この中には仁さんが……」

ピンポーン
事情を切り出そうとした時、インターホンが鳴った。
麻衣が二階から降りてきて応対しているようだ。
「あっ、リースちゃん……と、仁さん?」
「えっ?」
聞こえてきた麻衣の声に耳を疑った。
玄関の方へ出向くと、そこに居たのは確かにリースと仁さんだった。
「どうしたんですか?こんな時間に。リースちゃんを届けてくれたんですか?」
「ん、そんなとこかな。商店街をぶらぶら散歩してたところを」
「……私が捕まえた」
「捕まえたって、やっぱり仁さんがあれを?」
「いやー、ヒソヒソ話がどうも気になっちゃって、それでちょいとね」
「道具は回収した。もう問題ない」
「はぁ、よかったー……」
「「「な〜にがよかったのかなぁ〜?」」」

後ろを振り向くと、頭に血管マークを浮かべた姉さん、刀を構えたカレンさん、
そしてバスタオルを纏ってこれまでに見たことのない形相を浮かべるフィーナ──
「まっ、待った、さっきの行動には訳が……な、リースも説明してくれ!」
「タツヤがフィーナのお風呂を覗いた」
「それじゃあ僕は失礼するよ、生きてたらまた会おう。達哉君」
「ば、バカな……ちょっ、話せばわかってくれ……」
フィーナの平手打ちが左頬に炸裂した。続けて姉さんのゲンコツが脳天を直撃。
そしてカレンさんの見えない太刀筋が俺を玄関から外へ突き飛ばした。

その晩、俺はイタリアンズと床を共にすることとなった。
雲一つ無い空には嘲笑うかのように三日月が輝いていた。