1-96 名前: プリンセス スクランブル 第一章〜絶望編〜 [sage] 投稿日: 2006/02/08(水) 00:17:00 ID:VeryvCAr

 物見の丘公園のモニュメントから飛び出して、月に着いて半日が経った。
フィーナは前女王セフィリアの名誉回復と、地球との積極的交流を国王に提案。
最後に俺と一緒に月国王ライオネスに二人の関係を報告した……。

今は夜時間。だが今日あったこと、そしてこれからのことを考えると眠れない。
月に居るという環境の変化も少なからず興奮している要因かも知れない。

すると部屋のドアをノックする音がした。
「はい?」
「あ、達哉……まだ起きていたのね」
「フィーナ」
ドアを開けてフィーナを迎い入れた。二人でソファーに腰を掛ける。

「どうしたんだ?」
「達哉がどうしているのか、気になって……
 ふふっ、やっぱり眠れないみたいね」
「うん、ここまで来るのにいろいろあったし……」
ここまで辿りつくために世話になった人たちの顔が頭に浮かぶ。
「達哉……」
「あ、あれ、おかしいな。何で涙なんかが」
「……」
無言でフィーナが俺を抱き寄せた。ふわっと柔らかなフィーナの匂いがして、心が安らぐ。
それと同時に張りつめていた緊張の糸が解け、ダムが決壊したように泣きじゃくった。


「……ごめん。もう落ち着いたよ、ありがとう」
「いいのよ。お互い支えあってこそのパートナーでしょう」
「ああ、そうだな」
「うふふっ、さあ疲れたでしょう。眠るまで付いていてあげるから安心して」
「そ、そこまでしなくても」
「私がしたいからするの」
「わ、わかった……」
「よろしい」

「ねえフィーナ」
「どうしたの?」
「明日さ、無人地区って所へ連れて行ってくれないかな」
「……お義父様のところね」
「うん。墓参りって訳じゃないけど、見ておきたいんだ……親父の最後の仕事場を」
「ええ、手配しておくわ」
「ありがとう。おやすみなさい……」
「おやすみ、達哉」
フィーナと話すことで気持ちが落ち着いてようやく眠りに就くことができた。



 翌日、朝食を食べてすぐに無人地区へ行けることになり、早速フィーナと出かけた。

「ここが……」
車で移動して数十分、遺跡と思わしき場所へ到着した。
「なるほど、満弦ヶ崎の遺跡よりは形が残ってるんだな」
「そうね。無重力地区への許可は得られなかったから、今回はここで我慢して」
「ここまで来れただけでも十分だよ。ありがとう」
「さあ、お義父様の足跡を辿ってみましょう」
月の荒野を二人で歩く。色々な建造物などを見ては働く親父の姿を思い浮かべる。

ふと、目の前に立ち入り禁止と区切られたところまで到達した。
「達哉、ここから先はダメよ」
「わかってる……」
この先で親父は──
目を閉じてしばらく黙祷。フィーナもそれに倣った。

「ではそろそろ戻りましょうか」
「うん。……あれ?」
少し歩いた所に他の建造物より異彩を放っている一つの建物に惹かれた。
「どうしたの?達哉」
「ちょっと、最後にココ見て行っていいかな」
「いいけど……気をつけて」
「ああ、わかってる」
そう言った矢先、地面がひび割れて逃げ出す間もなく崩れ出した!
「きゃあああああっ!!」
「うわぁっ、フィーナっ!!!」
ガラガラガラガラガラガラガラガラ…………ズズーンッ……

「ーーーッ……フィーナ、大丈夫か?」
「達哉……よかった、何とか……無事みたいね」
すぐにお互いの姿を確認して安心する。幸い特に怪我はしていなかった。
しかし部屋一階分は落下したようで、緊急用の携帯の電波も届いていない。そして暗くてよく見えない。
広い室内を見渡してみても脱出経路は見当たらず、あるのは何かよくわからない埃だらけの塊。
「これは一体何かしら?」
「さあな、過去の遺産には間違いないんだろうけど」
ロストテクノロジーという言葉がパッと頭に浮かんだ。
これもきっと何かの"装置"なのではないか、そんな予感がした。

「達哉、こっちへ来てみて」
何とか脱出できないかと部屋を探索しているところでフィーナから声が掛かった。
呼ばれた方へ行ってみると大きなガラス管のようなものがあった。
「これは……なんだろう」
「さあ?私も見つけただけだから……でも形は綺麗に残っているでしょ」
「うん。これも何かの装置の一部だったりしてな」
さっき思ったことを口にしながら、丁度いい高さになっている箇所に腰を掛けた。
ピッ
「え?」
そのとき電子音のようなものが聞こえたような気がした。
「た、達哉!」
振り返るとガラス管の中にいたフィーナとその装置が淡い光を放っている。
「こっ、これは一体?」
「もしかして……」
何かが起こる。そう確信した俺はフィーナのいるガラス管の元へ急いだ。
「達哉、早く!」
徐々に光り方が強くなっていき、さらに部屋全体が唸っているようだった。
「くっ!!」
フィーナが光の中へ吸い込まれる瞬間、俺はガラス管の中へ飛び込み、
差し伸べるフィーナの手をしっかりと掴んだ。

そして 光 が 弾 け た ────



 カラーン、カラーン……
夏の終わり。少し冷たくなってきた風が屋上に吹きすさむ。
昼下がりの心地よい陽射しの中で更に深い眠りへと……
「こらーっ!いつまで寝てるつもり?もう授業が始まるわよ、久住君!」
「むぅ……委員長か」
「ほらほら、早く起きて起きて!もう昼休みは終わったんだから」
「んー、あと5分」
「私は藤枝さんみたいに甘やかさないわよ……」
キリキリと鈍い音がすると思って見たら弓矢を構える委員長の姿が。
わざわざここまで持ってきたのか?ともかくそんなものを見たら眠気も吹き飛んだ。
「ふーっ危うく委員長に射られるところだった」
「まったく手間がかかるんだから」
ベンチから立ち上がって伸びをする。空は青く高い、今日もいい天気だ。

「さ、のんびりしてないでさっさと……」
「どうした?」
動きを止め息を飲む委員長の視線の先を辿る。遥か上空の彼方。
「あ」
これで何度目だろうか、空から人が降ってきた。それも二人、俺の頭上を目がけて──

「うわああああああああああああああああーーーーーーーーーーっ!!!!!!」
ヒュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ…………ドスン!
「ごふっ」
「がはっ」
「きゃっ」
「……な、一体何が??と、とりあえず先生呼ばなきゃ!」

しばらくして野乃原先生が到着。落ちてきた二人と気絶した久住直樹は保健室へ運ばれた。

「もー、こういう時に限って仁科先生がいないなんて」
「お、お疲れ様でした……それにしても」
「はい……これはどう見てもお姫様ですね」
「……っ、うーん……」
「あっ、先生、意識が戻ったみたですよ」
「大丈夫ですか?」
「……ここは……どこでしょう」
目が覚めるとそこは見慣れない寝室のような場所。気絶して寝かされていたようだ。

「ここは蓮美台学園ですよ。何ていうか、空から降ってきたところを助けました。
 それで、あなたは一体どちら様ですか……?」
「私の名はフィーナ・ファム・アーシュライト。
 この度は保護していただき誠にありがとうございます」
「フィーナさん、ですね。失礼ですが、どこか遠くの国からいらっしゃったのですか?」
「はい、私は月王国から……」
そう言った途端、二人の女性は顔を見合わせて目を丸くしている。
私もどうしていいのかわからず言葉が続かなかった。
窓の外を見ると青空が広がっている……ここが地球であることは確かだ。
しかし何故また地球に戻ってしまったのか、フィーナの頭の中に疑問が残った。



「あ、あのっ……」
「すいません、ちょっといいですか?」
フィーナの言葉を遮って背の小さな子が話しかけてきた。
「あなたたちはもしかして、時空転移装置で……?」
時空転移装置。初めて聞いた名前ではあるが、ピンとくるものがあった。
ロストテクノロジーの一部、すなわち私たちが使った装置ではないかと。
できるだけ具体的にその時のことを話してみると、小さな子はうんうんと頷き続ける。
どうやら理解してもらえているらしい。もう一人の女性は二人はこの話に唖然としていた。

「話は大体理解しました。今から100年後よりもっと未来の世界で装置を見つけて、
 動かしてしまったらここへ飛ばされてしまったと」
「ええ、ご理解頂けて幸いです」
「これはまた困りましたねー」
「というと?」
「時間と場所の座標がわからなければこちらからあなたの居た時代へ飛ばすことができないんです」
「それは……帰れない、ということでしょうか」
「現状、はっきり言ってしまえば……何とか時間軸さえわかればいいのですが。
 それでも調整してみて上手くいくとは限りませんが」
そう言われても元居た世界では"西暦"という表現は既にされていなかった。
聞けばこの地球にはまだ地球連邦政府が成立していないという。
手がかりはゼロに等しかった。室内に沈黙が流れる……

「先生っ、久住君が……!」
「どうしたんですか?」
その時、カーテンの向こうにいた白いヘアバンドの女性がこちらを呼んだ。
私も一緒にその病床を覗く。二つのベッドには達哉ともう一人男性が眠っていた。
すると達哉ではない方の男性がゆっくりと目を開けた。
「大丈夫ですか、久住君」
小さな子が話しかける。
そして見守る私達三人の顔を順に見ていく……
「……フィーナ」
「えっ?」
知らない男性の口から名前が呼ばれて驚く。また二人の女性も動揺していた。
「どうして私の名前を……」
「何言ってるんだよフィーナ、記憶でも失くしてしまったのか?」
目の前で私の名を呼ぶのは見知らぬ男性。達哉は横のベッドで眠っている。

「久住君、大丈夫?まだ寝ぼけてるんじゃない?」
ヘアバンドの女性が話しかける。しかし彼は予想だにしないことを言った。
「久住……?誰のこと?」
「え、では私の名前はわかりますか?」
「いや、はじめまして……ですよね」
「では、あなたの名前は?」
「俺の名前は朝霧達哉ですけど」
「「!!?ッ」」
「達哉……本当に達哉なの?」
「フィーナ、変な冗談はやめろよ。どこからどう見たって俺は……あれ?」
場の空気が固まった。誰もがこの現状を理解できないでいる。



しばらく四人で話し合って状況を整理し直す。
遥か未来の時空転移装置から飛ばされてやってきた達哉とフィーナ。
その時のアクシデントで達哉と直樹の身体が入れ替わってしまった。

「それで、どちらの問題も元に戻す方法がわからない……ってことね」
「困ったわ……これからどうなってしまうのかしら」
「とりあえず時空転移の件に関しては私が何とかしてみます」
「えっ……こんな子供が?」
「むー、私は子供ではありません!これでも時空転移装置の開発者なんですからね」
「そ、それは失礼しました」
まさか年上だとは思わず急いで頭を下げる。
「申し遅れました、私は野乃原結です。そしてこちらは3年生の秋山文緒さんです」
「よろしくおねがいします。一応私が第一発見者なので」
「こちらこそ、よろしくおねがいします」

カラーン カラーン カラーン……
改めて互いの自己紹介をしたところで鐘の音が鳴った。
「あっ、もう下校時刻!先生、ホームルームどうしましょう?」
「そうですね、では私達は一度教室の方へ行ってきますから、少し待ってて下さいね」
そう言い残して二人は保健室を後にした。

「どうやらここは学校みたいだな」
「ええ。それに親切な方々でよかったわ」
しんと静まった室内を見渡す。カテリナ学院と大差ないどこにでもある普通の保健室。
「フィーナ、どうしたんだ?さっきから顔が赤いぞ」
「っ?そ、それは……」
ちらりとフィーナは病床の方を見る。そこには達哉の身体。
そうか、中身は達哉でも話しているのは別人というわけか。当然声も久住直樹のものだ。
安心させようとフィーナの体を抱き寄せる。
「た、達哉……」
「大丈夫、俺はここにいる」
「そうね。抱き方は達哉そのものだわ」
「え、そんな癖出てるか?」
「ふふっ、私達は何度身体を交えた間柄かわかっていて?」
「フィーナ……」
「達哉……」
ゆっくりと目を閉じて、自然とお互いの唇の距離が近づいていく。そして──

「なおくんっ!」
「!!??」
バンッと勢いよく保健室のドアが放たれる。そこには涙目になっている一人の女の子。
達哉とフィーナが0距離になろうというところ三人は目が合い、硬直した。
遅れてさっきの二人がやってくる音がして、慌ててフィーナが姿勢を正す。
呆然とする女の子に急いでこの状況を説明すると何とか理解してくれた。

「失礼しました。私は、なおくんの幼馴染みの藤枝保奈美です」
「あ、どうも。久住君の体を訳あって借りてる朝霧達哉です……」
この体の主の彼女なのだろうか、挨拶をしただけなのにドキリと胸が高鳴った。
もちろん理由はそれだけでないことはわかっていた。
長い髪、バランスのとれたプロポーション、そして安らぐ雰囲気と声。
思わず見惚れていると、横から鋭い視線が突き刺さり慌てて目をそらす。
「ここにずっと居るのもなんですからちょっと場所を飼えましょう」
先生の一言で時計塔の方へ移動することになった。
人がまばらになってきたところで眠ったままの自分の体を運び出す。
それにしても自分の体を背負うというのは何ともいえない不思議な感じである。



「あ、久住先輩?」
移動途中、鉢植えを持った小柄な女生徒から声がかけられ、こっちに向かってきた。
「橘さんこんにちは。どうしましたか?」
代わって先生が話しかける。
「えっと、仁科先生の研究室に用があって」
「そうですか、折角ですので一緒に行きましょう」
少女の名前は橘ちひろ。この学園の2年生で、園芸部だそうだ。
なんでも久住君とは部の手伝いで世話になったとか……。
現在の事情を話すと神妙な顔をしながらも納得してくれた。
そうしているうちに時計塔に着いた。裏口から入って理事長室を通り螺旋階段を降りていく。
すると保健室より少し小さな研究室のような場所へ降り立った。

「そこのベッドに下ろしましょう」
みんなで達哉の体をベッドへ運ぶ。やっぱり変な気分だ。
「仁科先生、ここにもいませんね」
鉢を置いた橘さんがぽつりと言った。
「うーん、理事長とどこか出かけているのかも知れませんね。
 とりあえず上へ行きましょうか」

そして今度は螺旋階段を昇っていく。少し距離の感覚がわからなくなりかけたところでようやく扉が。
その先にある光景にフィーナと二人で一瞬言葉を失った。
「こっ、これは……!」
「はい。時空転移装置です」
小さな先生がコンソールの方へ歩いていく。
「似ているわ。あそこにあったものと……」
暗闇の中で見たガラス管のそれとそっくりなものが目の前にあった。
「間違いない。俺たちはこれを使ってここに着たんだ」
ゆっくりと部屋全体を見回していく。確かに部屋の広さもこれくらいだったはず。
埃でよく見えなかったけど、その他の装置の形も似ている気がした。
「ここでは基本的に100年後の未来とだけ通信をしています。
 他の時空への転移は危険ですので……特に未来の未来はどうなっているかわかりませんし」
先生の仰る通り。ここから100年後がまだ平和だとしても、月と戦争していた時代もある。
またここで皆黙り込んでしまう。

すると、大画面が急に光り出した。何か通信があったらしい。
「どうしたんですか?」
「あれ、おかしいですねー。定期実験の時間ではないし、そんな知らせもな……
 な、なんでしょう……この信号は一体……?!」
「せ、先生っ?」
皆で先生の元へ駆け寄る。
「こっ、これは全く未知の世界からの通信?でもそんな……どうして」
大画面には謎の文字列が次々に流し出され、先生はそれに対応すべく物凄いスピードでキーを打つ。
しばらくして画面に砂嵐が走った。そしてそこに映し出されたのは──
「「リース!!」」
思わずフィーナと二人でその名を大声で呼んだ。
「ぽかーん……」
何が起こっているのか驚いている先生。すると画面上のリースが喋りだした。
「二人とも無事……?これは誰?」
「リース、こちらは姿こそ違えど中身は達哉なの」
「……よくわからない」
どうやらこの問題はリースの理解の範疇さえ超えているようだった。
「で、リースは今どこに?」
「二人の消えた遺跡。
 そこの装置を使って過去へ通信している」
「すごいな……そんな簡単に使いこなせるものなのか?」
「うん」
小さな先生、小さなリース。ふと見比べると何故かおかしくて笑ってしまう。
そして二人は不機嫌そうにこちらを睨んだ。。



「リース、今そちらはどうなっているの?」
「いなくなったことは教団から王にだけ事が伝わってる」
「流石に手が早いわね」
「……もしかして俺たちのこと監視してたとか?」
「そう」
どうやら無人地区に入って以後の行動を姿を消して共にしていたらしい。
「落ちた時に少し気絶してた」
「その間に私たちが転移してしまったのね」
「そういうこと。私のミス」
「いや、これは俺の失態だよ」
「ともかく、これで私たちはそっちへ戻ることができるのかしら」
フィーナが話を本題へ戻す。
「一応。でもそっちと調整が必要」
リースが先生の方を見る。
「こっちの装置のほうが技術的に進歩している。
 今のままでまたうまく互換する可能性は低い」
「時空転移装置を改良しろっていうことですか?」
「そう」
「でもそんなこと……」
「私の言うとおりにすればいい」
「わ、わかりました」
「それで、その準備にはどれくらいかかるんだ?」
「早くて丸1日」
「はぅ……不眠不休ですか」
「すいません、私たちのために」
「いえいえ、困っている人は放っておけません!任せてください」
「ありがとうございます」
先生が胸を張って答えてくれる。

邪魔にならないようにと、五人で時計塔を後にした。
「それじゃあ、私たちは久住君を何とか戻す方法を考えましょ」
「そうだね……なおくんの体を元に戻す事が先決だよね」
「先輩、頑張りましょうね……フィーナさんも」
「ええ、皆で力を合わせましょう」
「よーし、ここは一発……」
「あ、秋山さん?」
「秋山先輩……一体何を?」
「え?いいから早く円陣組んで。弓道部伝統の気合いの入れ方なの」
「まぁ、面白そうね。さ、達哉も」
「お、おう……」

一同、円になってその中央に手を乗せ合わせる。
「「「「愛と、勇気は、絶対に勝ーーーーつ!!!!」」」」

これ……ゲーム違う、と心の中で同時に叫んだ。