0-54 名前: 50 [sage] 投稿日: 04/12/08 00:14:45 ID:/ZhLKZDq

 深夜の学校。
 夜空にそびえ立つ時計塔に入り込もうとしているなんて、
ちょっとした肝試しみたいな気持ちだろう。
 ……引率の担任教師がいなければだが。
「えっと、久住くんにとってはちょっと、ショックが大きい
んじゃないかと思うんですけど……」
 時計塔の地下室へ向かう一群の先頭に立っていた結先生が
おずおずと言った。
「いや、今でも俺充分にショック受けてますから大丈夫です
よ」
 なんつっても美琴や結先生が未来から来たっていうのに加
えて、行方不明になっていた美琴の弟が、どうやら分離して
しまった俺自身だってらしいってんだから、これ以上のショッ
クな事態はそうそう無いだろう。
 むしろ傍らにいる保奈美の方がこの事態を受け止めかねて
いるみたいだった。



 俺が記憶を失った、そして最近判った真実によれば「分裂」
してしまったことの原因の一つが自分にあるんじゃないかっ
て、保奈美はだいぶん自分を責めていたみたいだ。
 その分裂した俺の片割れが、今俺たちが向かっている地下
室にいる。しかも未来に送られて、そこで重い病気にかかっ
た状態で。
「気にすんなよ、結先生たちがそのそいつ…もう一人の俺を
助ける手助けをしてほしいっていうなら、つまり手助けすれ
ば治るっていうことなんだろ?」
「なおくん……」
 保奈美は力なく微笑んで、そしてまた目を伏せる。
「でも……先生はショックが大きいって……」
 病気の「俺」に遭わなきゃいけない。その事実が保奈美を
苦しめていた。
 美琴たちがいた、そして俺の分身の祐介が行っていた百年
後の未来では、ほとんど治療のしようがない伝染病がまん延
していて社会自体がガタガタになっているって、結先生は教
えてくれた。
 俺がこないだから見ていた悪夢、あれはどうやら「同一個
体」である祐介の意識が俺に伝播してきて見せられていた物
らしかった。
 そして祐介もその病気にかかって、美琴の前から姿を消し
た。それがようやく再会できたんだ。



「あ、あのね……やっぱり直樹のショック、大きいと思う」
 美琴が言うと結先生も頷く。
「いや、まあ自分が病気になってるってのは確かにいやな気
分だけど……」
 ガチャ……。
 いつの間にか地下への階段も終わりに指しかかり、俺たち
の眼前で扉が開いた。
「悪いわね、みんな。藤枝さんまで」
 自動ドアなんかじゃなくて、内側から恭子先生が俺たちの
気配を察して開けてくれてたんだ。
 時計塔の地下にある生徒たちは知らない部屋の中は、学校
の一室って言うよりも最先端の病院の部屋みたいだった。た
ぶん実際には最先端より更に百年ばかり進んだ技術なんだろ
う。俺にはよく解らないが。
「あの…祐介は、どうなんですか?」
 美琴が恭子先生に訊ねる。
「今は眠ってる。病状は一進一退っていう感じね。だけど結
が言うような効果が期待できるなら、持ち直すかもしれない」
 病気になった祐介=俺の分身。自分が病気になったって知っ
て美琴の前から姿を消した美琴の「弟」。
 その気持ちは理解できなくもない。俺がその立場でもそう
しただろう……まあ記憶を失ってたって言っても同一人物な
んだから当たり前か。
 だけどそれとは別に、こんなにも美琴を心配させたそいつ
に、少しばかり腹が立つ気もしていた。
「会わせてもらっていいですか?」
「……俺も」
「あ、わたしも…よかったら」
 美琴と俺と保奈美、それぞれが恭子先生と結先生に訊ねた。



「もちろん、そのために久住には来てもらったんだから……
ああ、でも藤枝さんはちょっと……いろんな意味でね」
「……どういうことですか?」
「久住とは違う意味でショックだと思う。……っていうか、
見ない方がいいわよ」
「なおくんが辛い目に遭うからですか?それならわたし、む
しろちゃんと立ち合わなくちゃいけないんです……わたしは、
そうしなくちゃ……」
 保奈美の顔がまた曇った。
「ちょっとくらいきついのは構わないすよ。いつもだって恭
子先生、コーヒー一杯でしっかりこき使ってくれてるじゃな
いですか?遠慮なんて、らしくないでしょ?」
「おー、よく言ったわ久住。さすが男の子だね。うんうん、
男の子だ」
 一瞬、今度は美琴が複雑な顔をする。
「あの、きつくは………………あんまり、ないと………思い
…ま…す…………」
 恭子先生に続けた結先生の言葉は、なぜだか頬の紅潮が増
すとともにフェードアウトしていく。
 年上のはずなんだが、……なんだ?この庇護欲求をかきた
てる可愛さは?
「あのね、祐介は直樹と同じ存在なんだけど……もう、そう
じゃないんだって」
「へ?どういうことだよ?」
「まあしょうがないわね、会ってあげて。久住が祐介…くん
の治療を引き受けてくれるかどうかも、それからじゃないと
決められないでしょうから」
 恭子先生が病室らしい部屋のドアを開けて、俺たちを招き
入れた。



 一瞬、かなりいやな想像が脳裏をよぎる。業病っていうの
がどんなのかは知らないけど。
 病室は落ち着いたトーンで、その中央のベッドに横たわっ
ている……俺。
「もうちょっと、こう盛り上がる雰囲気作りをした方がよかっ
たかしらね」
「もう……恭子ったら……」
 確かにまあ、片方が眠っててしかも別れた自覚もないんだ
から盛り上がりようもない再会だった。
 祐介、もう一人の俺はベッドに仰向けに横たわり静かな寝
息を立てている。
「こいつが……祐介」
 まあ完全に同じってワケじゃ、ないな。
 病室暮らしのせいか俺より肌の色は白っぽいし布団の上に
出てる両腕も細く見える。やっぱり病気のせいなんだろう。
 でも見かけはあんまり、病気っぽい感じは受けなかった。
俺と同じ長さの時間を過ごしてきたのかもよく解らないけど、
微妙に俺より年下っぽく見えないこともない気がする。
 あとまあ、違いっていや、髪もちょっとだけ長めかな。
 それと胸の膨らみ。
 ……………………………………………………………………
………………。
 な、なんだって━━━━━━━━━━━━━━━━っ!!!!



そこには、紛れもない俺自身がいた…いたのだけれど、俺と全く違っている部分
それは、男の俺にはない膨らみがあるからだ。俺は気絶しそうになりながらも、
なんとか持ちこたえこう言った。「なっなんじゃこりゃ――――――――――!」静かな時計塔の一室に大きな俺の声がこだました。
「恭子先生!なんで男の俺の分身に胸があるんですか!」そう叫びながら保奈美の方を見た。保奈美は固まっていた。
「う〜ん、マルバスの影響よ。マルバスは悪性と良性と女性の三つがあることが最近になって判明したのよ。」
恭子先生は臆する事無く言ってのけた。「なおくんは男の子なおくんは男の子なおくんは男の子…」気がつくと保奈美は呪文のようにつぶやいていた。
(まぁ男の俺と分身したもう一人の俺は当然男だと想ってきてみたら胸の辺りにふくらみがあるからしかたないか)
俺は心のどこかで言っていた声には出さず
「それで直る可能性はあるんですか?」俺は当初の目的を恭子先生に話した。
「正直わからないは、だけど方法がないわけではないんだけど…」恭子先生はそう鈍るような反応を示した。
「あるんなら、あるんなら教えてください!」一番最初に声を出したのは、今まで黙っていた保奈美だった。
「藤枝…わかった!教えてあげるだけど、これは藤枝では無理な治療法よ。久住しかできない治療法なのよ」
静かにそう言い放った。「俺が?」俺はそういった。恭子先生は首を縦に振った。
「教えてください、恭子先生!治療法があるなら!」