8_5-757 名前:流れSS書き ◆63./UvvAX. 投稿日:2012/08/29(水) 22:35:59.83 ID:Xa27awnn

 いつからか、直樹は朝が嫌いになっていた。
 「……起きなきゃ、な……」
 ほんの一年前、直樹は平凡ながらも暖かく楽しい日々を送っていた。悪態をつきながらも妹のよう
に懐いてくれる茉理と賑やかに家事を分担したり、保奈美や弘司と適度に巫山戯つつも学園生活を楽
しんでいた。
 そんな思い出が、眩しすぎて触れることもできない高みに感じられてしまう程に、今の直樹は疲れ
切っている。もし、あの時に弘司に付き合って天文部に入っていれば或いは……
 「って、過ぎたことをグチグチ言ってもしょうがないっての!」
 それに昔を思い出して悔やんでも、今の惨めさを加速させてしまうだけだ。そう自分に言い聞かせ
ながら蓮見寮のベッドから起き上がった直樹は、今日も人目を避けるようにギリギリの時間に朝食を
とり、誰とも会わないようにと遅刻寸前の時間に校門をくぐる。そんな風にしか過ごせない一日の始
まり思いしらせれる朝が、直樹は嫌だ。

 そうして他人との接触を避け続ける直樹の周囲からは徐々に人が減り、最初は何かと気遣っていた
弘司ですら滅多に話しかけたくなりクラスの中でも最も存在感の薄い生徒となった。だが、そんな直
樹に以前と同じように接してくる人物が一人だけいた。
 「なおくん、ちょっと良い?」
 直樹の幼馴染みの藤枝保奈美である。
 「……ああ」
 「茉理ちゃんから聞いたよ? 最近元気がないって」
 渋垣家に住んでいた頃は一緒に過ごす時間が多かったのだが、寮に移って以来直樹が勉学にも力を
入れたのに加え進級と共にクラス替えで離れてしまった為に距離ができてしまった。が、保奈美は何
かしら用事がある度に直樹の元を訪れている。
 「それは……ごめん」
 「私じゃないよ。茉理ちゃんに謝ってあげないと」
 なおくんはお兄ちゃんなんだから、と直樹の姉のように叱る保奈美。いくら直樹が接触を避けよう
としても、休み時間の僅かな間に教室に押しかけられてしまっては為す術もない。ひたすら頭を下げ
るだけだ。
 「あ! なおくん今『茉理のやつ、保奈美にチクりやがって!』とか思ったでしょ? 駄目だよ、
心配してくれる人のことをそんな風に言ったら」
 「……ごめん」



 「なおくん……」保奈美の表情が曇る「……本当に大丈夫? なにか私にお手伝いできること、な
いかな?」
 元気づけるつもりの軽い冗談までも真に受けて謝ってしまう直樹の憔悴ぶりが予想外だったらしく
保奈美の柔らかい手が直樹の頬を撫でる。
 「大丈夫。心配ないから」
 「ほんとうに?」
 「ああ」
 そのまま下から覗き込むように表情を伺うが、直樹は目を逸らすばかり。
 「私に嘘、ついてないよね?」
 「本当、一人でなんとか出来るから」
 「……じゃあ、私はもう何も言わないけど」
 まだ釈然としない様子の保奈美だが、これ以上問い詰めても逆に直樹を苦しめてしまうだけだと判
断したらしく一歩離れる。
 「茉理ちゃんのこと、ちゃんと考えてあげてね? お兄ちゃん子だし思い詰めちゃうから所もあるか
ら、なおくんが心配かけ過ぎちゃうと……暴走しちゃうよ?」
 「うん……そうだな、保奈美の言うとおりにするよ」
 じゃあ私は帰るけど、何かあったら相談してね? と名残惜しそうに念を押してから保奈美は肩を
落として自分の教室へと戻っていった。



 「って言ったって、どんな顔で茉理に会えってんだ……」
 その日の昼休み、直樹は人目を避けるように屋上の片隅で寝転んでいた。渋る胃袋に菓子パンとコ
ーヒー牛乳を無理矢理流し込んで空を見上げても、頭に浮かぶのは嫌な思い出だけ。

 「おい菅原! なんで橘さんが馬場先生の相手してるんだよ!?」
 それは、ちひろが『入部』して数日後のことだった。
 「なんでって、ババが処女が良いって言うから……」
 菅原悦子は直樹と同じ二年生。『郷土資料研究会』では注文処理と部室のスケジュール管理を任さ
れており、部員の指導と奉仕スケジュールを任されている直樹とは、奉仕方針の食い違いもあって衝
突が多い。
 「だからって、俺に相談もしないで橘さんを奉仕させるなんて何考えてるんだよ! だいたい、馬
場先生の言うことなんて律儀に聞かなくてもいいって言ってあっただろ!?」
 体育教諭の一人である馬場浩は要注意人物だ。払いは良くない、口出しは多い、そして部員を乱暴に
扱うという絵に描いたような悪客で、他のクラブで何度か出入り禁止を言い渡されたこともあるくら
いなのだ。そして『勧誘』されて数日のちひろは未だ精神的なショックから立ち直っておらず、しか
も指導らしい指導もしていない。只でさえ気が弱そうで華奢な彼女が大柄な馬場の強引な行為に耐え
られるとは思えない。
 「そんなこと言ったって……だいたい無責任なのは久住の方じゃん!!」
 「な!?」
 「アタシが先週から頼んでたってのに処女を入れてくれないしさ! 今日だって今までドコでナ
ニしてたっつーんだよ! アタシらだけン所にババが来たって、どーやって断れっつんだよ! こう
いう時のためにアンタがいるんじゃねーのかよっ!?」
 「く……っ!」
 こればかりは菅原の言い分の方が正しい。だが……
 「おう久住、今日も楽しませて貰ったぞ」
 そこに当の本人である馬場教諭が部室の扉を開けて出てきた。



 「……馬場先生、今日はいつもより早く来たんですね?」
 「ま、まぁな」直樹の意味深な視線から逃れようと視線を泳がす馬場「それにしても、今日のは少
し面白味がなかったぞ。まぁ初物を頼んだのは俺だから文句は言えないが、肉付きは良くないし反応
は薄いし禄に濡れないしで余計な体力を使ったじゃないか」
 「それは……」
 「しかしまぁ、楽しめたから由とするか。次も頼むぞ久住、菅原」
 そのまま周囲の不満を遮るかのように大声で笑いながら備え付けのシャワー室(部室棟で共有)へ
と大股で去って行く馬場。
 「……実は、教室を出る直前に北沢先生に呼び止められて、資料を運んでて遅くなったんだけど、
もしかしたら……」
 「……かもねー」
 


 部室の中、乱れたベッドの上のちひろの様子は、悲惨としか言いようがなかった。
 虚ろな目、乳児がオシメを取り替えて貰うときのようなポーズで固まった少女の足の間からは所々
白の混ざった血液がトロトロと流れ、裸の頭から足まで馬場の欲望の証に塗れている。
 「橘……さん?」
 『奉仕活動』の後のケアは直樹の仕事だ。だから、このように『壊れてしまった』部員の姿も何度
も目にしている。だが決して慣れることはない。
 「橘さん、俺がわかる?」
 もしも、ちひろが本当に壊れてしまったのであれば、処理するしかないのだが……
 「久住ぃー、そんなの放っとけばー? もう『お古』になっちゃったんだしー、そんなガリガリの
媚び媚び女なんて需要もないし用済みじゃん?」
 「……………………ぁ」
 開けっ放しの扉。その向こうから聞こえた容赦のない言葉に、ちひろが反応した。
 「う……あ……」
 ごぽっ、と声の代わりに小さな口から白濁化したゼリー状の唾液がこぼれる。そして微かな光を取
り戻した瞳が直樹の方に向けられる。
 「あ、あああああ………!」
 「!!」
 拙い! と直樹が咄嗟に扉を閉めると同時に、ちひろの感情が爆発した。