8_5-746 名前:流れSS書き ◆63./UvvAX. 投稿日:2012/08/24(金) 19:59:24.09 ID:zC1voTVr

 「はい、もう帰っても良いわよ」
 手錠を外して貰い、見上げた空はすっかり秋色に変わってしまっていた。つまり、ちひろは少なくと
も三ヶ月以上は監禁されていたことになる。
 それも自分が通う学校の校内で。
 「これ、これまで頑張ってくれた分のお小遣いね。少ないけど」
 「ま、お陰でアタシ等は楽しい青春を遅らせてもらったけどー?」
 「ごめんね〜?」
 中身が詰まって膨らんだ茶封筒を押しつけてくる上級生と、その周囲でこちらを小馬鹿にした笑みを
浮かべる同級生達が憎くて悔しくて精一杯の虚勢で睨み返してやる。
 「なぁに、その目は?」
 「あれれ、まだ元気じゃん。なら、もうちょっと続けてもらおっか、『奉仕活動』?」
 「っ!?」
 「アハハ、ソッコーで真っ青になるし。まじ受ける〜!」
 「つーかさ−? アンタのビロビロになったガバガバマンコなんか、もう誰も買ってくんないっつ
ーの。ちょっと男受けする顔だからって図に乗ってんじゃね?」
 「言えてる言えてる〜。あんたみたいな根暗女、使いすぎて緩くなったら何の価値も無いって」
 「そう考えたら逆にラッキーだったじゃん? 色んな男に相手して貰った上にテク磨いて小遣い稼
ぎまで出来ちゃったんだからさぁ? 明日からでも働けるじゃん?」



 げらげらげらと大声で笑う女生徒達に囲まれ、ちひろは涙を堪え唇を噛むしか無い。毎日毎日、代
わる代わる何人もの男達の慰み者になり続けた彼女の体は、もう純真だった頃の面影など欠片も残し
ていないのだ。
 「いい加減にして!」
 ちひろに茶封筒を押し付けている『郷土資料研究会』部長の一喝で下品な笑い声が止まる。
 「……悪いけど、これを受け取って『共犯』になって貰わないと『退部』は認められない仕組みに
なってるのよ。そうじゃないと……わかるわよね?」
 ちひろより先に『入部』していた少女、あとから『入部』した少女。その中の数人が精神的に
肉体的に耐えられなくなり『退部』することなく失踪してしまっている。彼女等は永遠に発見される
ことも無く、二度と家族の元に返ることも無く、いつしか忘れ去られてしまうだけ。
 「あと、わかっているとは思うけど……くれぐれも『奉仕活動』のことを口に出したりしない様に
気をつけてね。そんなことをしても誰も取り合ってくれないことになってるし……」
 「あんたってさぁ、妹がいるんだよねぇ?」
 「やっぱ、お姉ちゃんに似てるよね〜? 色白いし大人しそうな感じとか?」
 「病弱少女ってやつ? そういうロリっぽいの、センセー達に受けるし−」
 「……妙な噂が広がったりしない限り、妹さんに何かが起こったりすることはないわ。もちろん、
この学校に入らない限りは『勧誘』されることもない。それは部長の私が保証します」
 自らの意思とは関係なく人として、女性としての尊厳と魂とを無残に削り取られる日々を重ねて得
た報酬の、ほんの一部を受け取り、ちひろは部室棟を後に数ヶ月ぶりの帰路についた。



 「あ、直樹直樹〜!!」
 部室に向かおうとしていた久住直樹が振り返ると、見慣れたツインテールをブンブン振り回しつつ
従姉妹の少女が駆け寄ってくる。
 「なんだ、茉理かよ……」
 「なんだはないでしょ、なんだは! っていうか直樹、ちょっと痩せた?」
 「そ、そうか?」
 「それに何だか元気もないし。やっぱ寮の生活が向いてないんじゃない?」
 ちょっとした理由から、直樹は渋垣家を出て寮生活を始めていた。
 「そんなことないって」
 「そんなことあるから言ってるんでしょ! お母さんだって、直樹は息子と同じなんだから何時で
も帰ってきて良いからねって伝えて欲しいって……」
 「それはもう何回も聞いたって! 俺には俺の考えがあるんだよ!」
 「……それは、そうだけど……あたしだって……」
 少し寂しげに目を伏せる妹のような従姉妹の姿に微かな痛みを感じつつも、直樹は顔を背け素っ気
ない口調で口を開く。
 「それで? また英理さんに頼まれて来ただけか?」
 「あ……ううん」と少しは気を取り直したらしい茉理が首を振る「実はさ、前に話してた友達が見
つかったんだ」
 「……それは、えっと、妹さんを残して行方不明してたっていう……?」
 「うん、付属の頃から一緒だった橘ちひろ。覚えててくれたんだ?」
 「ま、まぁ……」
 「昨日ね、蓮美総合病院から警察に連絡が入ったんだって。なんでも交通事故に遭って、最近まで
意識不明の重体だったって。でも後遺症とか大きな傷とかはないし、すぐに退院できるって」
 「……それ、どこで聞いたんだ?」
 「え? 帰りのHRだけど……」
 「あ、ああ。だったら良いんだ、うん!」
 「………………………」
 「じゃあ、俺はそろそろ部活に行くから!」
 「え? 直……」
 まだ何か言いたげな茉理の視線から逃げるように、直樹はグラウンドの向こうの部室棟へと走り去
ってゆく。その全てを拒絶するかのような背中を追いかけることも出来ず、茉理は呆然と立ち尽くす
のみ。
 「直樹……あたしじゃ駄目なの……?」
 兄妹のように暮らしていた筈なのに、二人の間には底知れない溝が出来てしまっていた。