7-583 名前: 名無しさん@ピンキー [sage] 投稿日: 2007/11/22(木) 11:16:02 ID:EUZ9vd2u

 藤枝保奈美は、暗い夜道を早足で歩いていた。
 用事があって別の街まで出かけ、ずいぶんと遅くなってしまったのだ。
 恋人も誘ったのだが、面倒くさいからパスと言われ、ひとりで歩いている。
(もう、なおくんったら)
 寂しい夜道に心細くなり、彼を思う。頼りないところがあるとはいえ、
いてくれれば全然違うのにと思う。
「え?」
 目の前に人がいた。
 見通しのいい道の途中、横から入ってくる道もないというのに、そこにいる。
 いかに考えごとをしていたとはいえ気づかないはずがないのに、そこにいる。
 まるで宙からいきなり現われたかのように。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
 立っていたのは、同い年くらいの少女。
 どこかの学校の制服だろう、赤を基調とした上着に、リボンで飾られる白い
ブラウス、焦茶色のスカートをまとっている。
「あなた、藤枝保奈美さんでしょ」
「は、はい。……あなたは」
「そうね、瑛里華とでも名乗っておきましょうか」
 金髪碧眼の少女がにっこりほほえむ。
「私、あなたが欲しくて、ここに来たの」
「はい?」
 ほほえみながら言ってきた言葉は、頭脳明晰な保奈美でも
理解できないもの。
「そ、それはどういうことでしょうか」
「すぐに、わかるわ」
 キラッと双眸が輝く。青い目が、ルビーのように妖しく輝く。
「あ、あ、あ……」
 保奈美は瑛里華の瞳に吸いつけられ、動けない。
「そうよ。そのまま、いて」
 瑛里華の顔が保奈美へ迫る。
 美少女同士の唇が触れ合おうというとき、素早く動いた瑛里華の口が
保奈美の白い首筋に噛みついていた。
「んくっ!」
 低く呻き、目を見開く保奈美。
 首には牙と呼ぶべきものが突き刺さり、吸いついた唇は艶かしく
震えている。
「あ、あ、ああぁ……」
 体液が吸われている。
 吸われるにつれ、保奈美の目がうっとりと陶酔の色を浮かべはじめる。
 吸われる快感。己れの血が相手のものとなり、己れのすべてが
相手のものとなる。
 目を細めていた瑛里華が、ようやく顔を離した。ちろりと、牙と唇を
舐めまわした。
「美味ね。思っていたとおり」
「……」
 赤い光に包みこまれている保奈美の顔は蝋のように白い。
「さあ、来なさい。私といっしょに」
 従順にうなずき、主に抱かれる。
 一瞬ののち、ふたりの姿は道から消えていた。
 

 蓮美市から、ひとりの少女がいなくなった。
 警察の懸命の捜索にもかかわらず手がかりひとつなく、いつしか
誰の記憶からも消えていく。ただひとり、少女の恋人だけは捜しつづけ、
いつまでも捜しつづけたが、二度と会える日は来なかった。