7-419 名前: 名無しさん@ピンキー [sage] 投稿日: 2007/09/19(水) 10:23:29 ID:Kal7IUU9

「むうぅ……なんで、なんでなのよぉ」
 向かいの机で瑛里華が唸っているが、気にしない気にしない。俺は俺で
手持ちの仕事を片づけるだけ。
 と自分を納得させようとしても落ち着かない。
 瑛里華が唸っている原因は、あれに決まっている。昼休みに、先日のテストの
結果が張り出された。うちのクラスの紅瀬にライバル意識を剥き出しにして
全科目トップを目指している瑛里華だが、今回もまた理数系ではトップを取れ
なかった。目に物見せてやると意気込んで相当頑張っていたらしいが、紅瀬は
その上をいったということだ。
 今日は会長に加えて東儀兄妹も休み。放課後の生徒会室に瑛里華とふたりきり。
会長副会長のコンビでいじられることはないとほっとしていたのに、来てから
ずっと唸り声を聞かされっぱなしで気が滅入る。
 とにかく無視無視。書類を睨んで、集中する。
「こら、聞いてるんでしょ。なんとか言え」
 あーあ。遂に矛先がまともに来てしまった。
 ため息を呑みこんでから、顔を上げて瑛里華を見る。八つ当たりの視線が
こっちへ向かっている。
「なんとかって言われたところで、結果がすべてだろ。数字に文句を言える
わけがない」
「きーっ。なに言ってるのよ。数字なんかでなにがわかるって言うの!」
「は? でもテストは点数がすべてだろ? それを否定するのは反則――」
「誰がテストの話をしてるのよっ」
 キーキー声の連発に、俺は目をぱちくり。テストの結果じゃなければ、
いったいなにを問題にしてるんだ瑛里華は。
「なんで、あたしよりあいつのほうがプロポーションがいいのよ。そんなわけ
ないでしょ」
「……プロポーション?」
 いきなり飛び出た単語に、面食らう。
 いらついて眉を顰めた瑛里華がバンと机を叩いて、身を乗り出してきた。
「あの女の身長が高いのは事実ね。でもそれって単にでかいだけじゃない。
プロポーションって大きさがすべてじゃないのに、数字がなによ、どうして
あたしが負けになるわけ? 納得がいかない」
「俺にはさっぱり話が見えない」
 鳩が豆鉄砲を食らった顔をしていたから、ようやく瑛里華も文句たらたら
ながらきちんと説明してくれた。
「――なるほどね。まあ、それは仕方ないんじゃないかな」
「なにが仕方ないのよ」
 どうやら、成績で競っているのが(紅瀬のほうに競っているつもりはさらさら
ないはずだが)他の点まで、プロポーションの良し悪しにまで飛び火したようだ。
学院の生徒が、主に男子がわいわいとうわさしているらしい。
 そういううわさが飛び交うのもわかる。紅瀬のプロポーションは以前から
学院一と評判だし、瑛里華だってなかなかのものという定評がある。もっとも
俺は小耳に挟んだだけでスリーサイズとか詳しいことは知らないのだけれど。
 今にも暴れ出しそうな瑛里華へ、心のなかで「どうどう」と掛け声を放ってから、
さくっと切り捨てる口調で答えた。
「うわさはうわさ。相手にするだけ無駄だって。だいたい、プロポーションなんて
裸にならなきゃわかりっこない。制服姿で比較したって意味ないだろ。ほらほら、
仕事まだ残ってるじゃないか」
 それだけ言って身構えたが、瑛里華は納得したのか反撃してこない。
 我ながらうまい具合に話をまとめたと満足して、自分の仕事に戻る。



 しばらくして、瑛里華が固まっているのに気づいた。さっきまでは唸りながらも
しっかり手を動かしていたのに、今は一点を凝視してなにかを考えている。
「……るの?」
「え? な、なんか言ったか?」
 じっと宙を睨んでいた瑛里華がぽつりと言って、じいっと強烈な視線を
向けてくる。
 性格に少々難点があるとはいえ修智館学院でもトップクラスの美少女だけに、
こうしてまともに見られると思わず胸がドキッとしてしまう。
 瑛里華は、珍しくうつむいて息を整えてから、あらためて向かってきて
今度ははっきりと聞こえるように言った。
「裸を見れば、プロポーションの良し悪しがわかるの? 孝平」
「……えっと」
 言われた意味がわからない。いや、わかってはいるのだがその奥になにがあ
るのかを考えて、そう捉えていいのかどうかの判断に時間がかかった。
「それって、瑛里華が俺に裸を見せてくれるってことか?」
「バカっ。あくまでも仮定の話よ。仮定。で、どうなの。女の裸を見れば、
ちゃんと判断できるのかしら」
 あせり気味の瑛里華を前に、努めて冷静に考えてみる。
「まあ、俺だって男だし。わかるよ」
 女の生の裸を見たことはないが、ネットで拾える画像に動画、雑誌とかで
そこそこ数を見ている。視覚的に訴えてくれば俺なりの判断はできる。
「そう。わかるんだ」
「そうだけど、なにか?」
 仮定の話に答えをもらえて瑛里華はいったん落ち着いたようだが、考えこんで
いるのは相変わらず。
 しばらくすると、そわそわしはじめた。まだなにかあるのか?
「じゃ、じゃあ、判断して。わたしのほうが、あいつよりもプロポーションで
勝っているかどうかを」
「……えええっ!?」
 威勢よく言ったつもりだろうが、もじもじしていてはそれも半減。
 瑛里華がこんなふうになるなんて……な、なんか可愛いぞ。
「か、仮定の話じゃなかったのかよ」
「仮定だったわよ、さっきまでは。孝平が判断できるとわかったから、仮定から
現実に切り替えたの」
 舌をもつれさせながら聞けば、瑛里華は顔を赤くして早口で答え、それから
言葉が続かない。俺は瑛里華から目を離せなくなり、瑛里華はどうしていいか
わからない様子だ。
 抜き差しならない状況を進めたのは瑛里華のほう。
「判断できるのよね」
 押される格好になって、小さくうなずく。目の向く先が瑛里華の顔から胴へ
ずれた。
「じゃ、じゃあ……脱ぐ、から」
 俺は生唾をゴクリと呑み、制服の前にかかった手の動きに意識を集中した。


(続く)