7-372 名前: 外伝 ◆9QlRx9nooI [sage] 投稿日: 2007/09/06(木) 16:11:47 ID:kquolJiU

「あらあら」
 赤い顔でベッドで寝る達哉を見下ろし、さやかは困った顔で笑みを浮かべる。
達哉は目を覚ましていたが起き上がれずにいた。
「麻衣ちゃんのカゼが治ったと思ったら今度は達哉くんなんて」
「はは」
 汗ばんだ顔で達哉は乾いた笑みを見せた。まさか麻衣の交尾してカゼをうつされたなんて言えやしない。
麻衣とは血が繋がっていないことはさやかも知らないことなのだから。
 そんな内心を知る由もなく、さやかは額に手をあて、
「すごい熱。今日は大事を取って休んだほうがいいわね」
「うん……。ごめん」
「ふふ。いいのよ。月から帰ってきたばかりでまだ疲れてるのね」
 額から手を離すと、さやかはなでなでと頭を撫でてやった。
 こうされると不思議と気持ちが落ち着く。でも心地良いけど複雑。子供扱いされてるようで。
「それじゃ。お姉ちゃんはお仕事に行くけど、しっかり寝てるのよ」
「うん。いってらっしゃい」
 さやかはお仕事に行き、
「お兄ちゃん、ちゃんと寝てるんだよ」
 達哉にカゼをうつした麻衣も元気に学校に行く。
 ひとり残された達哉はボーと天井を見つめ、やがてうとうとと眠りについた。

 スースーとぐっすりと眠ってる達哉。その額のタオルを細い手が取る。
「ん?」
 気配に気付いて目を開けると、見慣れた人物がタオルを水に入れてしぼっていた。
「な、菜月!?」
「ごめん。起こしちゃった?」
 ぎゅうううとタオルをしぼりながら、菜月は顔色の良くなった達哉を見て安堵した。
「熱は大分下がったみたいね」
 学院からそのまま来たのか。菜月はカテリナ学院の制服を着たままだった。
「うん。おとなしく寝てたら治ったよ」
 自分でも額に手を当てて熱の引いたのを確認し、達哉は身を起こす。
「あっ。無理しないで」
「無理なんてしてないって。これならバイトも出られるかななんて」
「はいはい。バカなこと言ってないで」
 布団をかぶせ、菜月はさっさと寝かせようとする。
「ちょっと」
「病人はおとなしく寝てなさい!」
 なんだか……前にも同じ事あったような。ふと達哉は懐かしさを覚えた。
「私は獣医になるんだから。ちゃんと言うこと聞きなさい」
 獣医。その言葉にまた何かが頭をもたげる。
 おとなしくベッドに横になった達哉を見て、菜月はよしよしと頷く。
それから腰を上げて自分の鞄からノートを取り出すと、机の上に置いた。
「はい。達哉が留学中の授業の内容、ノートにまとめておいたから」
「えっ?」
 そんなことは頼んでいない。
「いいのいいの。私が好きでやったんだから」
「うん……ありがとう」
「どういたしまして」
 にぱっと微笑む菜月に達哉もすっと心が軽くなる。
 でも。聞かないと。この胸のもやもやを。
「あ、あの。菜月」
「あっこら。寝てなさいって言ったでしょ」
「前にも……こんなことがあったような…」



「……えっ?」
「あの、ほら。前も俺が病気になって看病してくれたとか……」
 しゅん、と菜月の視線が下を向く。
「覚えてないんだ……」
「え、えーと……」
 やっぱり大事な何かを忘れてる。
 何だろう……? 達哉が首をひねると、

 わんわん

 庭から元気な犬の鳴き声がする。家で飼ってる三匹の犬、イタリアンズの鳴き声。
 犬。動物のお医者さん。病気。看病。そして約束。
「あ」
 ドクン。胸が一鼓動するうちに達哉は思い出していた。

『約束』

 幼い日に交わした約束。菜月とのかけがえのない思い出。
 思わず達哉は苦笑した。フィーナとの綿菓子の思い出といい、どうして大事な事を忘れていたのだろう。
「そっか……。ごめん」
「どうしたのよ?」
 何やらひとりで納得してる達哉に菜月はきょとんとしてしまう。少しの期待を持って。
「だから……菜月は獣医になるんだよな。動物のお医者さんに」
 それだけで菜月には分かった。伝わった。いつも一緒にいる幼馴染だから。
「うん。そうだよ」
 ぱっと顔を輝かせ、菜月は達哉の手を包む。まだ少し温かい手。
「約束だしね」
「ああ」
 顔を見合わせて二人はニコッと笑う。少し寂しげに。
 もうあの時の二人に戻れないと分かっているから。達哉にはフィーナがいる。
 それでも、
「ほらほら。病人はおとなしく寝てなさい。動物のお医者さんの言うことは聞く」
 今は一緒にいるから。今だけは。
「ああ」
 素直に横になった達哉は微妙に視線を逸らし、菜月の美しい長髪を見ていた。
約束のこと思い出したせいかちょっと気まずい。
「ね、ねえ」
 だから菜月の声についビクッと驚いてしまう。だから気付かなかった。菜月の声も震えていることに。その瞳が潤んでいる事に。
「えと……なに?」
「し、しんさつ……診察しようか」
「は?」
 いきなりの言葉に目が点になってしまう。
 菜月はというと自分の言葉でピタッと固まり、顔がカーと真っ赤になってボンと爆発。
相当恥ずかしいらしい。
「診察って……ただのカゼだから」
「ダメ!」
 何がダメなのか。菜月はぶんぶんと首を振って髪を揺らし、顔の赤味を必死に振り払った。
「私は獣医になるんだから……だから大丈夫! 任せて!」
 思いっきり不安になった達哉でした。



「はい。胸出して」
 露骨に不安な顔をする達哉に構わず、菜月は自分の鞄から聴診器を取り出す。
どこでそんなものを入手したのやら。
「えと……脱ぐの?」
「当然」
 むふーと鼻息荒くする菜月。
「言っとくけど。これは診察だからね」
 その割には鼻息荒いし目が輝いている。
「まあ、お医者さんごっこみたいなもんか……」
 仕方なしに達哉はパジャマのボタンを外して、胸を出してやった。
「ほら。お医者さんお願いします」
「う、うん……」
 目の当たりにする達哉の胸板にドギマギしながら菜月は聴診器を耳につけ、先端を患者の胸に当てる。
「うわっ……達哉すごいドキドキしてる……」
「そりゃな」
 ひんやりした金属の感触を胸に、制服姿でお医者さんになる菜月を見上げ、達哉はなぜかドキドキしていた。
なんだか今日の菜月はいつもより可愛く見える。久しぶりに見たせいだろうか。
「それじゃあ、こっちは」
 胸に聴診器を当てながら、菜月の手がそろそろと下に伸びる。達哉のズボンに。
「わっ! どこ触るんだよ」
「あっ。達哉すっごいドキッて鳴った」
 当てっぱなしの聴診器からははっきりとドキッという音まで聞こえた。
「いやいやいや。なんでズボン脱がそうとするんだよ」
「ここも見なくちゃダメよ」
「なんで!?」
「獣医というのはね。去勢も出産もするから性器には慣れていなくちゃダメなんだって」
「関係ねー!」
「わっ。胸がまたすごい鳴った!」
「人の話聞け」
「はーい。患者さんはおとなしくしてましょうね」
「な、何しようとしてんだよ」
 ぼん、と菜月の顔がまた真っ赤に爆発する。
「ち、ちちちち違うわよ! この隙にいろいろヤろうなんて思ってないんだから!」
「やめてやめて、フィーナに怒られる、お仕置きされる!」
 ぴたっ、と菜月の手が止まる。フィーナの名聞いて。
「そう……。やっぱり達哉はフィーナが一番なんだ…」
「そ、そりゃ……」
 フィーナが好き。その気持ちだけで月まで行ってしまったのだから。
「ううん、分かるよ。フィーナは同姓の私でさえも憧れるお姫様だもん。誰だって好きになるよね……」
 ふと寂しそうに菜月は制服姿の自分を見下ろし、
「私なんかじゃ相手にならないよね……」
「い、いやいやいや。菜月だってすっごく可愛いじゃないか」
「ほんと?」
「あ、ああ……」
「でも私、料理だって下手だよ。幼なじみなのに毎朝起こしに来るなんてしないし」
「そんなのはしなくていい。菜月には菜月の良い所があるよ」
「例えば?」
「えと……ウェイトレスをてきぱきやったり、勉強を頑張ったり……」
「ふふ。ありがと」



 菜月は目を閉じて、聴診器の音に耳を澄ます。ドクンドクンという達哉の鼓動。
その鼓動に自らの鼓動を合わせていく。

 ドクン…ドクン

 ねえ達哉。聞こえる? 今同じリズムで動いてるんだよ。
「菜月……」
 瞳を閉じた菜月を達哉はボゥと潤んだ目で見上げていた。それは決してカゼのせいばかりではない。

 こんなに綺麗だったんだな。菜月は。

 いつも一緒にいるから気付かなかった。菜月の魅力に。
 一緒にいるのが当たり前と思っていたから。幼いときからずっと。菜月がいて、
麻衣がいて、さやか姉さんがいる。そんな日々がずっと続くと思っていた。
 フィーナが来るまでは。
 月のお姫様がホームスティに来て達哉の日常は根底から変わった。後悔はしていない。
ただ懐かしいだけ。
 あの子供時代が。そして懐かしい日々に決別し、大人への階段を歩む。その先にフィーナとの一緒に歩む日々があるから。
「今までありがとう。菜月」
 自然にそんな言葉が出る。それは決別、そして旅立ちの言葉。菜月と一緒にいた過去から、フィーナと一緒にいる未来へ。
「達哉……」
 菜月がすっと瞳を開ける。その瞳は潤んでいた。涙で。そして、
「えい!」
 いきなり達哉のズボンを下にずらす。パンツも一緒に。
「どわー!」
 完全に油断していた達哉は止める暇さえなかった。聴診器から聞こえる鼓動が一気に高まる。
「わー」
 達哉の股間、そこでは萎れたちんこがふにふにと垂れ下がっていた。陰毛に隠れるように。
 ふにふにちんこー。
「あらら。元気ありませんねー」
 菜月の手がぷにっとふにふにちんこを掴み上げた。
「やめてー。イヤー。たすけてー」
「おとなしくなさい」
「なんでこんなことするの?」
「それはね」
 ピン、とちんこを指で弾き、
「ただの思い出になるのが嫌だからよ」
 そう。このままフィーナと結婚したら、達哉にとって菜月はただの昔仲良く遊んだ幼なじみになってしまう。
そんなのは嫌。だから思い出を作ろうと思った。一生忘れられないとびっきりの思い出。
「ねえ達哉。思い出を作ろうよ。二人だけの」
「いーやーあー」
 弱弱しく叫ぶ達哉をよそに、菜月は手にしたちんこをむぎゅっと両手で握る。搾り取るように。
「はうー」
「わっ。また胸がすごいドキドキしてきた」
 胸の聴診器からはかつてない昂ぶりが聞こえてきた。



「ほら。達哉の……元気になってきた」
 胸の鼓動に共感するように手の中のちんこがムクムクと膨らんでいく。
「ふふ。かわいー」
 先端の割れ目の部分をつんつんされ、達哉はむず痒いような恥ずかしい気分になった。
ちんこを可愛いと言われても嬉しくない。
「も、もうやめろよ……」
「なに言ってるの。おちんちんが元気なのは元気な証拠よ」
「おちんちんとか言うなぁ……」
 達哉もう涙目。
「可愛いわ」
 自分もベッドに上がり、菜月はぴらっと制服の短いスカートを上げ、
「ほら、見て達哉」
「ぐはっ!?」
 スカートの下は何も穿いていなかった。薄い陰毛の生えた割れ目が垣間見える。
最初からこうするつもりだったらしい。
「私のここも……可愛い?」
「うん。可愛い可愛い」
 聴診器からは荒っぽい鼓動がキュンと甘酸っぱいものに変わっている。
「良かった……達哉に気にってもらえて」
 ちんこを掴んでいた手が離れる。もう必要ないから。菜月から解放されても、天を向いたままビッと上を向いて、ビンビンに揺れていた。
 ビンビンちんこー。
 そして菜月の手はきゅっと達哉の乳首を摘んだ。
「あっ!?」
 きゅんと高鳴る胸を聴診器で直に感じ、菜月はうっとりと頬を染め、
「女の子がされて気持ちいいことはね、男の子がされても気持ちいいんだよ」
と覆い被さるように達哉の裸の胸に口を寄せ、ちゅっとキス。
「……あっ…はぁ……」
 切ない声が思わず漏れ、達哉はかーっと赤くなってしまう。汗を浮かべ。
「や、やめて……これ以上は」
「これ以上は何?」
 くるんと乳首を指で捻ると、痺れるような甘美が走り、達哉は思わず、
「ううんっ」と甘い喘ぎを漏らしてしまう。
「気持ちいいんだ。私にされて」
 ハァハァ、と恍惚とした赤い顔、胸のドキドキは官能を肯定している。
「嬉しい」
 好きな男の子が自分の愛撫で感じてくれる。こんな嬉しい事はない。
 そう。私は達哉が好き。
 今その気持ちを遮るものはなにもない。想いを初めて晒した菜月は興奮で何でも出来てしまいそうだった。
 処女を捧げる事も。受精も妊娠も。
「ほら。達哉」
 達哉の手を取り、自分の胸まで導き、
「私の胸も……すごくドキドキいってるよ」
 むにゅっと触れた菜月の胸はふわふわで思った以上に大きくて。達哉はきゅんと胸がしめつけられ、ちんこは素直に大きく跳ねる。
「ふふ。今入れますからねー」
 もう菜月のスカートの中はトロトロに濡れていた。達哉のドキドキが菜月にとっての愛撫。
 達哉の腰の上に跨り、ビンビンちんこをしっかりと手を掴むと、ゆっくりと腰を降ろしていった。
やっぱりちょっと怖い。でも平気。
 達哉は痺れる頭で腰を降ろす菜月を見ていた。もう下半身からの刺激に体全体が痺れ、どうすることもできない。



 むにゅ、とちんこの先端がスカートの中、入り口に当たる。
「「はうっ!?」」
 電気が走ったような刺激に、二人同時に喘いでしまった。
 当てたままの聴診器からは耳が痛くなるほどのドキドキ。
「い、入れるよ。達哉」
「だ、だめ……」
 弱弱しい抵抗は無意味。いや返って菜月をたぎらせた。
「んっ!」
 最後思い切って腰をすとんと落とし、達哉のちんこが菜月の胎内に突き刺さっていく。
「……あ、アーッ!」
 ビクンッと菜月の背中が仰け反り、達哉の上で跳ねた。太股を鮮血が伝う。
「はううぅ!」
 一方いきなりの強烈なしめつけに、達哉も痛いほどだった。痺れる頭にガンガンと白い快感がぶつかってくる。
「はぁ、あ……達哉……。ひとつに、なってるよ。達哉が、私のお腹に、入ってるぅ……!」
 ぎゅ、と上に跨る菜月の手が達哉の手をしっかりと掴む。腰を振りながら。
「な、菜月……」
 腰の動きに合わせて達哉のちんこが膣肉をえぐり、粘膜をめくり上げ、その度に菜月の身体が跳ね上がった。痛みと、それ以上の悦びに。
「はああっ……! ああ、達哉、達哉ぁ。ねえ分かるでしょう? 今ひとつになってるんだよ、ひとつに。
は、ああああっー!? す、すごい、すごいよぉ」
 ぽろぽろとこぼれる涙が達哉の胸に落ちる。そこに当てられた聴診器からは達哉の最大限の興奮が伝わってきた。
「くうぅ……な、菜月」
 達哉の腰も自然に浮き上がる。だがぎっと歯を食い縛って耐えていた。今気を抜くと射精してしまいそうで。
「ね、ねえ達哉……ああん」
 騎乗位で腰を振りながら菜月が喘ぎとともに聞いてくる。
「う、ううん……先に聞いたら何も言えなくなっちゃうから……はぁ……私から言うね」
 きゅっ、と菜月の膣が一段と締まった。極度の緊張で。

「私は達哉が好き! 子供の頃からずっと好き!」

 繋がったまま、赤い顔で菜月は叫ぶ。思いの丈の全てを。
「達哉はどうなの!?」
「くっ!」
 ドクン! 菜月の告白を聞いた瞬間、何かが頭で弾け、達哉は達してしまった。
「あああうぅぅ!!!」
 下から熱い放出を受け、菜月の腰がさらに浮かび上がる。立ち上がるように。
その拍子に膣からちんこがすぽっと外れ、胸からも聴診器が外れた。
「はああぁぁぁぁぁーっ!」
 そしてビクンビクンと二度三度痙攣した菜月がどたっと倒れ込み、達哉に倒れ掛かる。
「はぁ……ハァ……」
 ベッドの上、重なったまま真っ赤な顔で息を整える二人。
 達哉のちんこはしょぼーんと萎んでへたっと倒れ、菜月の股間からは血と精液が漏れていた。
「達哉……」
 潤んだ瞳で菜月がそっと唇を寄せてくる。達哉は拒まずにごく自然に唇を重ねた。
初めての後のファーストキス。そんなのがあってもいい。



「朝霧くん、大丈夫!?」
 バーンと扉が開き、飛び込んできたのは翠。後ろからひょいと麻衣が顔を出す。
「アイスの差し入れも買ってきたよ。のどかわいたでしょ」
 お見舞いに来た翠と麻衣。その二人が見たのは、
『…………』
 下半身を出したまま、ベッドの上でキスする達哉と菜月。
「ゴメン。また後で来るね」
 そそくさと翠は、硬直した麻衣を連れて部屋を出ていった。
 菜月はキスしたままボンと爆発し、達哉は「終わった……」とばかりにベッドに沈み唇が離れる。
「ね、ねえ」赤い顔で菜月が、「さっきの答え」
「え? ああ」
 聞いてきたが菜月は答えを聞くのが怖いのだろう。縮んで震えている。
そんな菜月を、達哉は愛らしいと思った。どうしようもなく。
「俺も菜月のことが好きだから」
 はっ、と菜月の顔が上がる。
「うん!」
 ぱっと顔を輝かせ、再び口を重ねる。さっきは何が何だか分からなかったが、キスはとっても優しくて甘かった。お互いに。
「そ、それじゃ。私行くね。達哉はしっかり寝るんだよ」
「あ、ああ……」
 達哉にパジャマをしっかり着せると、菜月もジンジンと痛む股間を拭き、身支度を整えて部屋を後にした。
 廊下に出ると、菜月は自分のお腹をすっと撫で、
「ふふ。赤ちゃんできるかなー」
 そうすれば達哉はずっと一緒にいてくれる。そう信じて。

 一方その頃。朝霧家を飛び出した翠は木の下で立ち尽くしていた。
「ずるいよ菜月……」
 瞳からはポロポロと涙がこぼれている。
「せっかく……諦めたのに……」
 でも。菜月がそうするなら。
「わたしだって……」

(おしまい)
 間章−フィーナ地球へ−

「なるほど」
 監視カメラから送られてくる映像に、フィーナはひとり呟く。
 フィーナが見ているモニターには、麻衣を抱く達哉、そして今さっきの菜月に抱かれる達哉が映し出されていた。
全て朝霧家に極秘に仕掛けた隠しカメラからの映像である。
 達哉を信用していなかったわけではない。だが彼の周囲には魅力的な女性があまりに多い。
いつ間違いが起こっても不思議ではない。そのフィーナの不安は残念なが的中した。
「困ったものね。達哉にも」
 映像はまだ続いている。
 月と地球の距離の問題から生中継は無理だが、数分の遅れで朝霧家の様子を映していた。
 ゆっくりとフィーナは腰を上げる。剣を手に持って。
 達哉にはもちろんお仕置きが必要だ。だがそれ以上に許せないのが、達哉をたぶらかした女性たち。
「ふふ。どうしてくれましょう」
 口に薄ら笑いを浮かべ、フィーナは向かう。



 やがてフィーナがやって来たのは牧場だった。
「もー。もー」
 牧場では今日も元気に牛さんが鳴いていた。その牛さんはミア。
 達哉が月留学を終えて地球に戻ってから、ミアはこの牧場の牛さんになった。
いや、無理矢理にさせられた。乳母という名の母乳を出すだけの牛さんとして。
四つん這いになったミアはいつものメイド服だが、その鼻には鼻輪が付けられ、乳房は晒されたまま。スカートの中もパンツは穿いていない。
「もー。もー」
 敬愛する主人が来てくれて、ミアはとっても大喜びのようです。
「ふふふっ……。ミアったらさっきから大はしゃぎね」
「もー。もー」
 不自然に膨らんだ乳房を絞ると、ぎゅっと母乳が溢れ出す。フィーナの調教の成果だ。
「ミア。立派な乳母になったわね。私の子の乳も頼むわよ」
「もー。もー」
 念願の乳母になれてミアはとっても幸せ。それが乳を出すだけの牛さんだとしても。
「待っててねミア」
 よしよしと頭を撫で、フィーナが呟く。
「もうすぐお友達を連れてくるから」
 見上げれば青い地球。あの日の夜明け前より瑠璃色な。だがその瑠璃色さえ
色褪せて見えた。
「月と地球。近いようで遠いのね」
 今すぐ行きたくてもいけない。それが現実。
「軌道重力トランスポーターが使えればいいのですが」
 あの装置はその重要性から慎重に調査が進められている。月と地球を結ぶ移動装置だが、兵器に転用できることも事実だからだ。
「さて。行きますか」
 地球へ。あの瑠璃色に輝く星へ。そして、
「牧場の牛さんを調達しないとね」
 剣を手に、フィーナはにこっと微笑んだ。



      笑顔がゆらぐ
      声が震える
      にじんでく景色

      仲良くなりたくて声かけたの
      純粋な瞳まぶしくて
      近くにいたいから もっともっと
      小さな痛みは知らないフリ

      本当に大切な人を
      いつの間に手に入れたの?
      はしゃいでる いつもよりおしゃべりね
      突き刺さる現実

      笑顔がゆらぐ
      声が震える
      気付かれぬようにうつむく
      あなたが…いない
      ここには…いない
      わかりあえたのに埋まらない距離
   
(つづく)